温泉施設で働いていると、毎日向き合うのが「浴槽のヌメリ」です。朝一番に浴室に入ると、浴槽の壁や底がヌルヌルしていることがあります。
このヌメリは見た目の問題だけでなく、衛生面でも大きなリスクを抱えています。レジオネラ菌の温床にもなりかねないため、現場では日々対策に追われています。今回は、温泉のヌメリの正体と、その除去・予防方法について解説します。
ヌメリの正体:バイオフィルムとは
浴槽のヌメリの正体は、バイオフィルム(生物膜)と呼ばれるものです。
バイオフィルムとは、細菌が集まって作り出す膜状の構造物です。細菌が自ら分泌する粘液性の物質(多糖類)で覆われ、その中で細菌が繁殖し続けます。
身近な例で言うと、台所の排水口のヌルヌルや、歯垢(プラーク)も同じバイオフィルムです。
レジオネラ菌の温床になるリスク
バイオフィルムの中は、細菌にとって非常に居心地の良い環境です。膜に守られているため、塩素などの消毒剤が届きにくく、レジオネラ菌などが繁殖しやすくなります。
つまり、ヌメリを放置することは、レジオネラ症のリスクを高めることに直結するのです。
<レジオネラ菌に関する記事は以下のリンクをチェック↓>
なぜ温泉でヌメリが発生しやすいのか
温泉は、バイオフィルムが形成されやすい条件が揃っています。
①温かい水温
細菌の多くは、20〜50℃程度の温度帯で活発に増殖します。温泉の温度(38〜42℃程度)は、まさに細菌にとって最適な環境です。
②豊富な栄養源
入浴者の皮脂、垢、汗、整髪料などが、細菌の栄養源になります。また、温泉成分そのものも細菌の栄養になることがあります。
③泉質による違い
特にアルカリ性の温泉(pH8.5以上)では、ヌメリが発生しやすい傾向があります。アルカリ性のお湯は肌触りがぬるぬるとしていますが、これがバイオフィルムの形成を促進する面もあります。
逆に、酸性泉では細菌が繁殖しにくいため、ヌメリは比較的少なくなります。
④循環式での発生メカニズム
循環式温泉では、同じお湯を繰り返し使うため、栄養分が蓄積しやすく、バイオフィルムが形成されやすい環境になります。配管内部にも付着していくため、見えない部分でも繁殖が進みます。
<循環式温泉に関しての記事は下記の記事をチェック↓>
ヌメリが発生しやすい場所
現場でヌメリを除去する際、特に注意すべき箇所があります。
①浴槽の壁面(特に水面付近)
水面と接する部分は、空気と水の両方から栄養を得やすく、最もヌメリが発生しやすい場所です。手で触るとヌルヌルを感じやすい部分でもあります。
②浴槽の底面
底に沈んだ垢や髪の毛が栄養源となり、ヌメリが発生します。特に隅の部分は清掃が行き届きにくく、蓄積しやすいです。
③オーバーフロー溝
お湯が溢れ出る溝は、常に湿った状態で、垢や髪の毛も溜まりやすいため、ヌメリの温床になります。
④配管内部
最も厄介なのが、見えない配管の内部です。ここにバイオフィルムが蓄積すると、通常の清掃では除去できず、レジオネラ菌の繁殖場所になります。
⑤ろ過装置内部
ろ過フィルターにも汚れと共にバイオフィルムが付着します。定期的な逆洗浄や交換が必要です。
⑥カラン・シャワー周辺
カランやシャワーヘッドの内部にもバイオフィルムが形成されることがあります。
ヌメリと湯の白濁の関係
温泉が白く濁っているとき、それが正常な温泉成分によるものなのか、それとも衛生上の問題なのかを見極めることが重要です。
正常な白濁(問題ない場合)
①硫黄泉の白濁
硫黄成分が析出して白く濁るのは自然な現象です。温泉特有の香りがあり、湯の花が浮いていることもあります。
②炭酸水素塩泉の白濁
アルカリ性の炭酸水素塩泉では、お湯が乳白色になることがあります。これも温泉成分によるもので問題ありません。
③カルシウム析出による白濁
カルシウムを多く含む温泉では、成分が析出して白く見えることがあります。
異常な白濁(注意が必要な場合)
①細菌の大量繁殖
バイオフィルムが浴槽内で大量に剥がれ落ちたり、細菌が異常繁殖したりすると、お湯が白く濁ることがあります。この場合、通常の温泉の白濁とは異なり、次のような特徴があります。
- 不快な臭い(生臭い、カビ臭い)
- 浮遊物が多い
- ヌメリが強い
- 通常は透明な温泉が急に濁った
②見分け方のポイント
- 臭いを確認: 温泉特有の硫黄臭や鉄臭ではなく、生臭さやカビ臭さがある場合は要注意
- ヌメリの有無: 壁や底を触ってみて、異常にヌルヌルしていないか確認
- 変化の速さ: 普段透明なのに急に白濁した場合は、細菌繁殖の可能性
- 浮遊物の状態: 湯の花ではなく、フワフワした白い浮遊物が多い場合は注意
異常な白濁が見られた場合は、すぐに浴槽の使用を停止し、完全換水と徹底清掃、塩素濃度の確認と調整が必要です。
ヌメリを放置するリスク
ヌメリは単なる不快感だけの問題ではありません。
①レジオネラ菌の繁殖場所になる
バイオフィルムの中でレジオネラ菌が繁殖すると、感染症のリスクが高まります。過去のレジオネラ集団感染事例でも、配管内のバイオフィルムが原因だったケースが多数あります。
②塩素消毒が効きにくくなる
バイオフィルムに守られた細菌には、通常の塩素濃度では殺菌効果が十分に届きません。そのため、適切に塩素管理をしていても、水質検査でレジオネラ菌が検出されることがあります。
③見た目の不快感、利用者からのクレーム
浴槽がヌルヌルしていると、利用者から「汚い」「不潔」というクレームが入ります。施設の評判にも関わる問題です。
④転倒事故のリスク
床や浴槽の縁がヌルヌルしていると、滑りやすくなり転倒事故の原因になります。高齢者が多い温泉施設では、特に注意が必要です。
日常的なヌメリ除去方法
現場では、毎日の清掃でヌメリを除去しています。
①営業終了後のブラシ清掃
営業が終わったら、まず浴槽のお湯を抜き、壁や底をブラシでこすります。柔らかいスポンジでは不十分なので、ある程度硬さのあるブラシを使います。
②中性洗剤の使用
温泉成分に影響を与えない中性洗剤を使って洗浄します。強いアルカリ性や酸性の洗剤は、浴槽の素材を傷めることがあるため避けます。
③高圧洗浄機の活用
頑固なヌメリには、高圧洗浄機が効果的です。物理的な力で、バイオフィルムを剥がし取ることができます。

④清掃頻度の目安
- 毎日: 浴槽の壁・底のブラシ清掃
- 週1回: オーバーフロー溝の徹底清掃
- 月1〜2回: 配管洗浄、ろ過装置の逆洗浄
この頻度は施設の規模や利用者数によって調整が必要です。
頑固なヌメリへの対処法
通常の清掃では落ちない頑固なヌメリには、特別な対処が必要です。
①塩素濃度を一時的に上げる方法
営業時間外に、浴槽の塩素濃度を通常の数倍(5〜10mg/L程度)に上げ、数時間放置します。これにより、バイオフィルム内の細菌を殺菌できます。
ただし、その後は十分に換水し、塩素を適正濃度に戻す必要があります。
②専用のバイオフィルム除去剤
市販されているバイオフィルム専用の除去剤を使用します。通常の洗剤よりも、バイオフィルムの分解に特化しています。
③完全換水と徹底清掃
定期的に浴槽のお湯を全部抜き、内部を徹底的に清掃します。このとき、手の届く範囲だけでなく、配管接続部やオーバーフロー溝の奥まで清掃することが重要です。
④配管洗浄の重要性
配管内部のバイオフィルムは、専用の配管洗浄剤を循環させて除去します。業者に依頼して、年に1〜2回は徹底的な配管洗浄を行うのが理想的です。

予防策
ヌメリ対策で最も重要なのは、発生させないことです。
①こまめな清掃が最も効果的
バイオフィルムは一度形成されると除去が大変ですが、形成される前に物理的に除去すれば簡単です。毎日の清掃を怠らないことが最大の予防策です。
②適切な塩素濃度の維持
遊離残留塩素濃度を0.2〜0.4mg/L程度に保つことで、細菌の繁殖を抑えられます。ただし、すでにバイオフィルムが形成されている場合は、塩素だけでは不十分です。
③定期的な完全換水
循環式でも、週に1回や月に数回は完全にお湯を入れ替え、浴槽を空にして清掃します。これにより、蓄積した汚れやバイオフィルムをリセットできます。
④利用者への協力呼びかけ
入浴前のかけ湯やシャワーを促すことで、浴槽に持ち込まれる皮脂や垢の量を減らせます。施設側から積極的に呼びかけることも大切です。
⑤ろ過装置の適切なメンテナンス
ろ過フィルターの定期的な逆洗浄や交換を行い、ろ過能力を維持します。ろ過装置自体がバイオフィルムの温床にならないよう注意します。
泉質別の注意点
泉質によって、ヌメリ対策のアプローチが若干異なります。
アルカリ性泉(pH8.5以上)
最もヌメリが発生しやすい泉質です。こまめな清掃と、定期的な塩素濃度の確認が不可欠です。「美肌の湯」として人気がある一方、衛生管理には特に注意が必要です。
硫黄泉
硫黄成分が塩素と反応するため、塩素濃度の維持が難しくなります。通常より頻繁に塩素を補給する必要があります。また、硫黄の析出物とバイオフィルムを見分けることも重要です。
酸性泉(pH3以下)
細菌が繁殖しにくいため、比較的ヌメリは少なくなります。ただし、浴槽の素材が酸で劣化しやすいため、別の意味でメンテナンスが必要です。
鉄泉
鉄分の析出物(茶色い沈殿)が溜まることがありますが、これはバイオフィルムとは別物です。見た目で判断せず、触ってヌメリがあるかを確認します。
まとめ
浴槽のヌメリ対策は、温泉施設の衛生管理において最も基本的で重要な業務の一つです。
ヌメリの正体:
- バイオフィルム(細菌が作る膜状の構造物)
- レジオネラ菌の温床になるリスクがある
- 塩素消毒が効きにくい
発生しやすい条件:
- 温かい水温(38〜42℃)
- 豊富な栄養源(皮脂、垢、温泉成分)
- アルカリ性泉で特に発生しやすい
白濁との関係:
- 温泉成分による正常な白濁と、細菌繁殖による異常な白濁を見分ける
- 不快な臭い、急な変化、強いヌメリは要注意
対策の基本:
- 毎日のブラシ清掃が最も効果的
- 定期的な完全換水と徹底清掃
- 適切な塩素濃度の維持
- 配管洗浄の実施
ヌメリは見た目の問題だけでなく、レジオネラ症などの感染症リスクに直結します。現場では、この地道な清掃作業を毎日繰り返すことで、利用者の安全を守っているのです。
利用者の皆さんも、浴槽がいつも清潔に保たれている背景には、こうした日々の努力があることを知っていただければ幸いです。



