温泉施設の浴槽に張られたお湯は、一見するとずっと同じ水が溜まっているように見えるかもしれません。
でも実際には、お湯は常に浴槽とろ過装置の間をぐるぐると循環しています。髪の毛、皮脂、垢、湯の花——入浴者が増えるほど汚れも増えますが、それでもお湯が透き通っているのは、ろ過装置が休まず働いているからです。
そして、そのろ過装置自体を掃除する作業が「逆洗(ぎゃくせん)」です。
この記事では、温泉施設のろ過と逆洗の仕組みを、現場スタッフの視点からわかりやすく解説します。
ろ過とは何をしているのか
ろ過とは、浴槽のお湯をろ過装置に通して汚れを取り除き、きれいになったお湯を浴槽に戻す作業です。(下図:循環・濾過の仕組み)

基本的な流れ
浴槽のお湯は、オーバーフロー(浴槽の縁から溢れた水)や循環口から回収され、ろ過装置に送られます。
オーバーフローがない施設は、浴槽の壁面や底面に設けた循環口(吸込口)から直接お湯を回収し、ろ過装置に送る方式を採用しています。
ろ過装置の中でゴミや汚れを取り除き、塩素消毒を加えた上で、再び浴槽に戻します。
この循環を24時間休まず行っているのが、循環式温泉の基本的な仕組みです。
ろ過装置の種類
温泉施設で使われるろ過装置は、主に以下のタイプがあります。
砂ろ過(サンドフィルター)が最も一般的です。タンクの中に砂(ろ材)が詰められており、お湯を上から流して砂の層を通過させることで、汚れを物理的にキャッチします。家庭用の浄水器を巨大にしたイメージです。
【下図はろ材のイメージ】ろ材は砂や活性炭など多孔質な物質があります

珪藻土(けいそうど)ろ過は、珪藻土の粉末をフィルターに付着させ、より細かい粒子まで除去できるタイプです。砂ろ過より高精度ですが、管理がやや複雑です。
カートリッジフィルターは、交換式のフィルターを使うタイプで、小規模な施設や貸切風呂で使われることがあります。

何を除去しているのか
ろ過装置が除去しているのは、主にこんなものです。
髪の毛、皮脂、垢、角質などの人体由来の汚れ。湯の花や温泉成分の析出物。ほこりや砂など外部から入り込む異物。これらがろ材(砂や珪藻土)に引っかかって蓄積していきます。
ただし、ろ過装置で除去できるのは物理的な汚れだけです。細菌やウイルスの除去は塩素消毒の役割であり、ろ過と消毒はセットで機能しています。
逆洗とは何か
ろ過装置は汚れを集め続ける装置なので、当然ながらろ材自体が汚れていきます。この汚れたろ材を洗浄する作業が逆洗(バックウォッシュ)です。
通常のろ過と逆の方向に水を流す
名前のとおり、通常のろ過とは逆方向に水を流します。
普段のろ過では、お湯は上から下に向かって砂の層を通過します。逆洗では、下から上に向かって水を勢いよく流し、砂の層に溜まった汚れを浮き上がらせて排水します。
砂の層をひっくり返すようなイメージです。これにより、ろ材に詰まっていた汚れが洗い流され、ろ過能力が回復します。
逆洗をしないとどうなるか
逆洗を怠ると、ろ材の目詰まりが進行し、いくつかの問題が起きます。
ろ過の流量が低下して、浴槽水の循環が悪くなります。汚れが十分に除去されず、お湯の透明度が下がります。最悪の場合、ろ材に蓄積した汚れがバイオフィルムの温床になり、レジオネラ菌の繁殖リスクが高まります。
逆洗は、ろ過装置の性能を維持するために欠かせないメンテナンスなのです。
タイマーによる自動制御が主流
「毎日逆洗するなんて大変じゃないの?」と思うかもしれませんが、実はほとんどの施設ではタイマーによる自動制御で逆洗を行っています。
自動制御の仕組み
ろ過装置の制御盤にタイマーが組み込まれており、あらかじめ設定した時刻・時間に自動で逆洗が実行されます。
一般的には、営業終了後の深夜帯や早朝など、入浴者がいない時間帯に設定されていることが多いです。タイマーが作動すると、バルブの切り替え、逆洗水の送水、排水、通常運転への復帰までが自動で行われます。
スタッフは何をしているのか
自動とはいえ、完全に放置しているわけではありません。
スタッフが確認しているのは、逆洗が正常に実行されたかどうかの記録確認、逆洗後のろ過水の濁度チェック、排水の状態(汚れがちゃんと出ているか)、異音や異常振動がないかといった点です。
制御盤のログを見れば、逆洗が何時に始まって何分間実行されたかが記録されています。これを毎日チェックするのが日課の一つです。
手動で逆洗することもある
自動運転が基本ですが、状況に応じて手動で逆洗を行うこともあります。
たとえば、浴槽内で排泄などの汚染事故が発生した場合や、利用者が極端に多い日にろ過の流量低下が見られた場合、定期的なろ材の状態確認を兼ねて手動で逆洗をかけることがあります。
自動制御に頼りきりにならず、現場の判断で柔軟に対応するのもスタッフの役割です。
逆洗の頻度と時間
頻度は1日1〜2回が一般的
多くの施設では、1日1回、もしくは2回の逆洗を行っています。利用者の多い大規模施設では2回、小規模施設では1回が目安です。
厚生労働省の『公衆浴場における衛生等管理要領』では、ろ過器を1週間に1回以上逆洗することが求められていますが、実際の現場では衛生管理の観点から毎日実施しているところがほとんどです。
1回の逆洗にかかる時間
1回の逆洗にかかる時間は、ろ過装置の大きさにもよりますが、おおむね10〜20分程度です。
逆洗中はろ過が停止するため、その間は浴槽水の循環・消毒が一時的に止まります。深夜の営業時間外に逆洗を行うのは、この中断が入浴者に影響しないようにするためです。
逆洗で使う水の量
逆洗では大量の水を使います。大型のろ過装置では、1回の逆洗で数トンの水が排水されることもあります。水風呂の水を使用している施設もあります。
この排水には、ろ材から洗い出された汚れが含まれているため、そのまま浴槽に戻すことはできません。排水として処理されます。つまり、逆洗のたびに浴槽の水量が減るので、新しい温泉水やお湯を補給する必要があります。
ろ過と逆洗にかかるコスト
ろ過と逆洗は、温泉施設の運営コストにも直結しています。
電気代
ろ過装置のポンプは24時間稼働しています。大型の施設では複数のろ過装置が動いており、ポンプの電気代だけでもかなりの金額になります。
水道代・温泉水の補給
逆洗で排水した分の水を補給する必要があるため、水道代や温泉水の汲み上げコストがかかります。源泉の湧出量が限られている施設では、逆洗による水の消費も重要な管理項目です。
ろ材の交換
砂ろ過の砂は永久に使えるわけではなく、数年に一度は交換が必要です。珪藻土ろ過の場合は、珪藻土の補充がより頻繁に必要になります。
こうしたコストは、入浴料金に反映されています。「なぜ温泉の入浴料はそれなりにするのか」の理由の一つが、このろ過・衛生管理にかかるコストなのです。
ろ過と源泉かけ流しの関係
「源泉かけ流しなら、ろ過装置はいらないのでは?」
これは半分正解で、半分間違いです。
完全かけ流しならろ過は不要
源泉から湧き出たお湯をそのまま浴槽に注ぎ、溢れたお湯をすべて排水する完全かけ流し方式であれば、ろ過装置は不要です。常に新しいお湯が供給されるので、循環させる必要がありません。
実際には「かけ流し+循環」の併用が多い
ただし、十分な湧出量がない施設や、大きな浴槽を持つ施設では、かけ流しだけではお湯が足りません。そのため、源泉かけ流しと循環ろ過を併用している施設が実際には多いです。
「源泉かけ流し」を謳っていても、衛生管理のために循環ろ過を補助的に使っているケースは珍しくありません。温泉成分表示に「循環ろ過あり」と記載されていれば、ろ過装置が稼働しているということです。
まとめ
温泉のお湯がいつもきれいに保たれているのは、ろ過装置が24時間休まず汚れを取り除いているからです。そして、ろ過装置自体の洗浄が逆洗です。
ろ過は浴槽水を砂などのろ材に通して物理的に汚れを除去する作業。逆洗は通常と逆方向に水を流し、ろ材に溜まった汚れを洗い出す作業。ほとんどの施設ではタイマーによる自動制御で、深夜や早朝に逆洗が自動実行されています。
自動とはいえ、逆洗の実行記録の確認、ろ過水の濁度チェック、異常時の手動対応はスタッフが行っています。ろ過と逆洗は、塩素消毒やレジオネラ菌対策と並んで、温泉施設の衛生管理を支える基盤です。
お湯に浸かっているとき、どこかでポンプの音が聞こえたら、それはろ過装置があなたのために働いている音です。
【参考文献】
・厚生労働省「公衆浴場における衛生等管理要領等について」(生衛発第1811号、平成12年12月15日) https://www.mhlw.go.jp/topics/2001/0111/tp1106-1.html
・厚生労働省「公衆浴場における衛生等管理要領等について」(生衛発第1811号、平成12年12月15日) https://www.mhlw.go.jp/topics/2001/0111/tp1106-1.html
・厚生労働省「循環式浴槽におけるレジオネラ症防止対策マニュアル」(健衛発第95号、平成13年9月11日) https://www.mhlw.go.jp/topics/2001/0109/tp0911-1.html
・東京都保健医療局「公衆浴場(その他2号)のてびき」 https://www.hokeniryo.metro.tokyo.lg.jp/documents/d/hokeniryo/r6_10_yokujo_tebiki












