塩素を入れて、ろ過装置を回して、逆洗もやっている。それなのに、なぜ配管洗浄が必要なのか。
答えはシンプルです。塩素もろ過も、配管の内側までは届かないからです。
温泉施設の配管は、浴槽とろ過装置をつなぐ「血管」のような存在です。その内壁には、日々の営業の中で汚れが少しずつ蓄積していきます。バイオフィルム、スケール(温泉成分の析出物)、鉄サビ、有機物——これらは通常の塩素消毒やろ過では除去できない厄介な汚れです。
この記事では、温泉施設で行われる配管洗浄の種類、それぞれの効果と配管へのダメージ、そして「いつ、なぜやるのか」を現場スタッフの視点から解説します。
なぜ塩素だけではダメなのか
まず、「塩素で消毒しているなら配管洗浄はいらないのでは?」という疑問にお答えします。
塩素が効くのは「水中の菌」まで
塩素消毒は、浴槽水中に浮遊している細菌やウイルスに対しては有効です。ORP(酸化還元電位)の値が示すとおり、適切な塩素濃度を維持していれば、浴槽水中の病原菌はほぼ死滅します。
しかし、配管の内壁に形成されたバイオフィルムの内部に潜む細菌には、通常濃度の塩素はほとんど効きません。
バイオフィルムが塩素を防ぐ「盾」になる
バイオフィルムとは、細菌が配管の内壁に付着し、多糖類の膜を形成したものです。この膜がバリアとなって、外側から来る塩素の浸透を阻止します。
つまり、浴槽水にどれだけ塩素を入れても、バイオフィルムの中でレジオネラ菌が守られた状態で増殖し続ける可能性があるのです。バイオフィルムの中のレジオネラ菌は、通常の塩素濃度の約600倍の耐性を持つという報告もあります。
スケールがバイオフィルムの温床になる
温泉成分が配管内壁に析出してできるスケール(湯の花、炭酸カルシウムや硫酸カルシウムなど)は、表面がざらざらしているため、バイオフィルムが付着しやすい下地になります。
スケールの上にバイオフィルムが重なり、その中でレジオネラ菌が繁殖する——この三重構造が、塩素消毒だけでは対処しきれない理由です。
ろ過装置も配管内部までは洗えない
ろ過装置は浴槽水中の物理的な汚れを除去する装置であり、配管の内壁に付着した汚れを剥がす機能はありません。逆洗もろ材の洗浄が目的であり、配管自体の洗浄ではありません。
だからこそ、定期的な配管洗浄が不可欠なのです。
配管洗浄の種類と効果
温泉施設で行われる配管洗浄は、主に以下の種類があります。それぞれ効果も配管への影響も異なるため、状況に応じて使い分けます。
①高濃度塩素洗浄
最も一般的な配管洗浄方法です。
通常の塩素濃度(0.2〜0.4mg/L)ではバイオフィルムに浸透しませんが、5〜10mg/L程度の高濃度塩素水を配管内に循環させることで、バイオフィルムの膜を破壊し、内部の細菌を殺菌します。
やり方としては、浴槽に高濃度の次亜塩素酸ナトリウム溶液を投入または二酸化塩素を投入し、循環ポンプを回して配管全体に行き渡らせます。数時間(施設によっては一晩)そのまま循環させた後、排水して新しいお湯に入れ替えます。
効果はバイオフィルム内の殺菌に有効で、比較的手軽に実施できます。コストも低く、最も頻繁に行われる洗浄方法です。
配管へのダメージについては、通常の金属配管やステンレス配管であれば、一時的な高濃度塩素で深刻なダメージが生じることはほぼありません。ただし、ゴムパッキンなどの樹脂部品は塩素による劣化が進む可能性があるため、頻度や濃度には注意が必要です。硫黄泉の施設など、もともと配管が腐食しやすい環境では、高濃度塩素が追加のストレスになることもあります。
②過酸化水素洗浄
過酸化水素(H₂O₂)を使った洗浄方法です。
過酸化水素は強力な酸化剤で、バイオフィルムの有機物を分解する力があります。塩素よりもバイオフィルムへの浸透力が高いとされ、より頑固な汚れに対して使われることがあります。
過酸化水素を配管内に循環させると、バイオフィルムの多糖類マトリックスが酸化分解され、膜構造が崩壊します。分解後の過酸化水素は水と酸素に分かれるため、残留性が低いのも特徴です。
効果としては、バイオフィルムの物理的な剥離と殺菌を同時に行えます。塩素耐性を持つ菌に対しても有効とされています。
配管へのダメージについては、塩素と同様に金属への腐食リスクがあります。特に銅配管に対しては攻撃性が強いため、配管の材質を事前に確認する必要があります。濃度管理も重要で、高すぎると配管の劣化を早めます。
③酸洗浄
スケール(温泉成分の析出物)の除去に特化した洗浄方法です。
塩酸やクエン酸などの酸性溶液を配管内に循環させ、炭酸カルシウムや硫酸カルシウムなどのスケールを化学的に溶解します。バイオフィルムの下地となるスケールを除去することで、バイオフィルムの再形成を防ぐ効果もあります。
温泉施設では、加温用ボイラー周辺の配管にスケールが堆積しやすく、酸洗浄が必要になるケースが多いです。
効果としては、スケール除去に最も有効です。特に炭酸カルシウム系のスケールは酸で容易に溶解します。ただし、硫酸カルシウム(石膏)系のスケールは酸に溶けにくいため、物理的な除去が必要になることもあります。
配管へのダメージについては、酸洗浄は配管への攻撃性が最も高い洗浄方法です。金属配管を腐食させるリスクがあるため、酸の種類、濃度、循環時間を厳密に管理する必要があります。洗浄後は必ず中和処理と水洗を行い、酸が残留しないようにします。酸洗浄の実施は、業者に依頼するケースも多いです。
④アルカリ洗浄
酸洗浄が無機物(スケール)を溶かすのに対し、アルカリ洗浄は有機物(油脂、皮脂汚れ、バイオフィルムの有機成分)を分解するのに適しています。
水酸化ナトリウムなどのアルカリ性洗浄剤を使用し、配管内壁の有機汚れを溶解・剥離します。
効果としては、油脂や有機汚れの除去に有効です。皮脂や化粧品由来の汚れが蓄積しやすい洗い場の排水配管などに使われることがあります。
配管へのダメージについては、アルミニウム製の部品がある場合は腐食のリスクがあります。また、高温のアルカリ溶液はゴムやプラスチック部品を劣化させる可能性があるため、材質に応じた対応が必要です。
⑤物理的洗浄(高圧洗浄・ピグ洗浄)
化学薬品ではなく、物理的な力で配管内部を洗浄する方法もあります。
高圧洗浄は、配管の入口から高圧の水流を送り込み、内壁に付着した汚れを水圧で剥がします。配管の口径が大きい場合に有効です。
ピグ洗浄は、「ピグ」と呼ばれるスポンジ状の弾体を配管内に送り込み、内壁をこすりながら移動させることで汚れを物理的に除去する方法です。
効果としては、化学洗浄では除去しきれない頑固なスケールや堆積物に対して有効です。配管内部の状態を直接改善できるメリットがあります。
配管へのダメージについては、水圧やピグの硬さが適切でないと、配管の接合部を傷めたり、劣化した配管に穴を開けてしまうリスクがあります。特に古い施設では、配管自体の強度が低下していることがあるため、事前の配管診断が重要です。
配管洗浄はいつ行うのか
定期的な実施——月1回〜年数回
厚生労働省の「レジオネラ症を予防するために必要な措置に関する技術上の指針」では、循環式の浴槽について配管の消毒を定期的に行うことが求められています。
高濃度塩素洗浄は、月1回程度の頻度で実施する施設が多いです。酸洗浄や過酸化水素洗浄、物理的洗浄は、年に1〜2回、あるいは必要に応じて実施します。
多くの施設では、定休日や営業時間外(深夜〜早朝)に実施します。配管洗浄中は浴槽の使用ができないため、営業への影響を最小限に抑える必要があります。
レジオネラ菌が検出されたとき
レジオネラ菌の定期検査で基準値を超えた場合や、利用者にレジオネラ症の感染が確認された場合は、緊急で配管洗浄を行います。
この場合は高濃度塩素洗浄に加え、ろ過装置の分解洗浄、ろ材の交換、浴槽の全量換水をセットで実施します。洗浄後の再検査でレジオネラ菌が不検出になるまで、営業を再開することはできません。
浴槽内で排泄物の汚染があったとき
浴槽内で排泄などの汚染事故が発生し、汚染物質が循環配管に入り込んだ可能性がある場合にも、配管の高濃度塩素消毒を行います。
特に下痢便や嘔吐物による汚染は、ノロウイルスやクリプトスポリジウムなどの感染リスクがあるため、迅速な対応が求められます。
スケールの蓄積が目立つとき
配管内のスケール蓄積は、ろ過の流量低下やポンプの負荷増大として表れます。
「最近、循環の流量が落ちてきた」「ポンプの音がいつもより大きい」——こうした兆候を機械室の巡回で察知したら、スケール蓄積を疑い、酸洗浄を検討します。
加温用のボイラー周辺は温度変化が大きいため、スケールが生成されやすい場所です。ボイラーの効率低下を防ぐためにも、定期的な酸洗浄が有効です。
施設の改修・長期休業のタイミング
大規模な改修工事や長期休業の際には、配管を含めた施設全体の洗浄を行うことがあります。通常営業中にはできない徹底的な洗浄(配管の分解洗浄、物理的洗浄など)を実施する絶好の機会です。
配管洗浄の流れ(高濃度塩素洗浄の場合)
最も一般的な高濃度塩素洗浄の手順を紹介します。
①浴槽の排水
営業終了後、浴槽のお湯を排水します。浴槽が空の状態で内部をブラシ洗浄し、浴槽自体の汚れを落とします。
②洗浄液の調製
浴槽に新しい水を張り、次亜塩素酸ナトリウムを投入して高濃度の塩素水を作ります。濃度は5〜10mg/L程度が一般的ですが、汚染がひどい場合はそれ以上にすることもあります。
③循環による配管洗浄
循環ポンプを運転し、高濃度塩素水を配管全体に循環させます。循環時間は最低でも2〜3時間、一晩(8時間以上)行う施設もあります。
この間、配管内壁のバイオフィルムに塩素が浸透し、殺菌が進みます。循環中に配管からバイオフィルムの破片が剥がれ落ち、浴槽水が濁ることがあります。これはむしろ「洗浄が効いている証拠」です。
④排水と水洗
循環が終わったら、洗浄液を排水します。その後、新しい水で配管と浴槽を数回すすぎ、残留塩素を除去します。
⑤新しいお湯の充填と水質確認
新しいお湯を張り直し、通常濃度の塩素を投入します。ORPと残留塩素濃度を測定し、基準値を満たしていることを確認してから、営業を再開します。
配管洗浄と配管の寿命
「洗浄を繰り返すと配管が傷むのでは?」という心配は、もっともな疑問です。
適切な洗浄は配管を守る
結論から言うと、適切な濃度・時間で行う配管洗浄が配管の寿命を大幅に縮めることはありません。
むしろ、洗浄を怠ってスケールやバイオフィルムが蓄積する方が、配管への負荷は大きくなります。スケールが配管内壁に堆積すると、配管の有効断面積が減少してポンプに負荷がかかり、局所的な腐食(隙間腐食)の原因にもなります。
過剰な洗浄は逆効果
一方で、高濃度の酸やアルカリを頻繁に使用すれば、配管の腐食を促進する可能性はあります。特に古い鋼管を使用している施設では注意が必要です。
洗浄の種類、濃度、頻度は、配管の材質と状態を踏まえて判断する必要があります。不安な場合は、配管洗浄の専門業者に相談するのが確実です。
硫黄泉や酸性泉は特に注意
硫黄泉や酸性泉を使用している施設では、泉質自体が配管に対する攻撃性を持っています。そこにさらに高濃度の化学薬品で洗浄を行うと、配管へのダメージが蓄積しやすくなります。
こうした施設では、チタンや樹脂製の配管を使用していることが多く、洗浄方法も配管材質に合わせた選定が必要です。
配管洗浄の記録と保健所の検査
配管洗浄の実施記録は、保健所の立入検査で確認される項目の一つです。
実施日時、使用した薬品の種類と濃度、循環時間、洗浄後の水質測定結果——これらを記録簿に残し、保管しておく必要があります。
レジオネラ菌の定期検査結果と合わせて、配管洗浄の記録は施設の衛生管理レベルを証明する重要な資料です。
まとめ
配管洗浄は、塩素消毒やろ過では届かない配管内部の衛生を守るための作業です。
塩素だけではダメな理由は、配管内壁に形成されるバイオフィルムが塩素の浸透を防ぐ「盾」となり、その中でレジオネラ菌が増殖し続けるからです。さらに、温泉成分のスケールがバイオフィルムの下地となるため、スケール除去も含めた総合的な配管洗浄が必要になります。
洗浄の種類は、高濃度塩素洗浄(バイオフィルム殺菌)、過酸化水素洗浄(バイオフィルム分解)、酸洗浄(スケール除去)、アルカリ洗浄(有機物分解)、物理的洗浄(高圧洗浄・ピグ洗浄)に分けられ、目的と配管の状態に応じて使い分けます。
実施タイミングは、定期的な予防洗浄(月1回〜年数回)、レジオネラ菌検出時の緊急対応、浴槽汚染事故後の消毒、スケール蓄積が確認されたとき、施設改修時などです。
適切な洗浄は配管を守り、過剰な洗浄は配管を傷めます。配管の材質と泉質を理解し、正しい薬品・濃度・頻度で実施することが大切です。
塩素消毒、ろ過・逆洗、そして配管洗浄——この三つが揃って初めて、温泉施設の衛生管理は完成します。どれか一つでも欠けると、目に見えない場所でリスクが静かに積み上がっていく。現場で働いていると、その怖さを常に意識しています。
【参考文献】
・厚生労働省「レジオネラ症を予防するために必要な措置に関する技術上の指針」(平成15年厚生労働省告示第264号、令和5年改正)
・ 厚生労働省「循環式浴槽におけるレジオネラ症防止対策マニュアル」 https://www.mhlw.go.jp/content/11130500/000712875.pdf
・厚生労働省「公衆浴場における衛生等管理要領等の改正について」(令和2年12月) https://www.mhlw.go.jp/content/11130500/000712873.pdf
・国立感染症研究所「レジオネラ症 factsheet」 https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/477-legionella.html
・国立感染症研究所 IASR「浴槽水の衛生管理とレジオネラ属菌対策」
・厚生労働省「循環式浴槽におけるレジオネラ症防止対策マニュアル」内の「配管等の洗浄・消毒」セクション(高濃度塩素洗浄の濃度・時間の目安はここに準拠)
・公益社団法人 日本水道協会「水道施設の技術的基準を定める省令」(酸洗浄・物理的洗浄の一般的手法の参考)









