温泉施設で働いていると、「レジオネラ菌」という言葉を日常的に耳にします。衛生管理の研修でも必ず出てくる重要なテーマです。
しかし、一般の利用者にとっては「聞いたことはあるけど、実際どのくらい危険なのかよくわからない」という存在かもしれません。今回は、温泉におけるレジオネラ菌の危険性と、現場で行われている対策について解説します。
レジオネラ菌とは何か
レジオネラ菌は、正式には「レジオネラ属菌」と呼ばれる細菌の総称です。自然界の土壌や水の中に広く存在し、特に20〜50℃程度の温かい水環境で増殖しやすい特徴があります。
温泉やお風呂、循環式浴槽、給湯設備、冷却塔など、人工的な水設備は格好の繁殖場所になります。
なぜ温泉で問題になるのか
温泉は次の条件が揃っているため、レジオネラ菌が増殖しやすい環境です。
- 適温: 36〜42℃程度の温度帯
- 栄養源: 入浴者の皮脂や垢、配管内の生物膜(バイオフィルム)
- 循環: 同じお湯を繰り返し使う循環式では特にリスクが高い
適切な管理を怠ると、数日で危険なレベルまで菌が増殖することもあります。
レジオネラ症の症状と危険性
レジオネラ菌に感染すると、主に2つのタイプの病気を引き起こします。

①レジオネラ肺炎
最も重症なタイプで、感染後2〜10日の潜伏期間を経て発症します。
主な症状:
- 高熱(38〜40℃)
- 咳、痰
- 呼吸困難
- 全身の倦怠感
- 筋肉痛
- 意識障害(重症例)
致死率は、全体では5〜10%程度とされています。ただしこれは平均で、免疫が落ちている人が治療を受けなかった場合は40〜80%と跳ね上がり、適切な治療と管理を受ければ5〜30%まで下げられる、という幅のある数字です。つまり「誰でも高確率で死ぬ病気」ではなく、体力や免疫が落ちている人にとって危険な病気、というのが正確な理解になります。
②ポンティアック熱
比較的軽症なタイプで、感染後1〜2日で発症します。
主な症状:
- 発熱
- 頭痛
- 筋肉痛
- 倦怠感
通常は2〜5日で自然回復しますが、インフルエンザに似た症状のため、レジオネラ症と気づかれないこともあります。
なぜ危険なのか
レジオネラ症の恐ろしさは、次の点にあります。
①初期症状が風邪やインフルエンザに似ている
そのため診断が遅れ、治療開始が遅くなることがあります。
②急激に悪化する
肺炎型は数日で呼吸困難に陥り、人工呼吸器が必要になるケースもあります。
③高齢者や持病のある人は致死率が高い
糖尿病、腎臓病、がん治療中の人などは特にリスクが高くなります。
④集団感染のリスクがある
飛沫感染はしないとされていますが、温泉施設で菌が繁殖すると、複数の利用者が同時に感染する可能性があります。
実際に起きた温泉でのレジオネラ集団感染
過去には、温泉施設でレジオネラ症の集団感染が何度も発生しています。
主な事例:
- 死者を出した大規模な集団感染
- 数十人規模の感染者が出たケース
- 施設の営業停止や損害賠償に発展した事例
これらの多くは、循環式浴槽の清掃不足、塩素濃度の管理不良、配管内の生物膜(バイオフィルム)の蓄積などが原因でした。
こうした事故を受けて、現在では法律や衛生基準がより厳格になり、施設側の管理責任も重くなっています。
どうやって感染するのか
レジオネラ菌は、エアロゾル(細かい水滴)を吸い込むことで感染します。
感染しやすい場面
①ジェットバスやジャグジー
気泡が弾けるときに、菌を含んだ微細な水滴が空気中に飛散します。

②打たせ湯やシャワー
水流が強いほど、エアロゾルが発生しやすくなります。

感染しない経路
逆に、次のような経路では感染しません。
- お湯を飲む(経口感染しない)
- お湯に浸かるだけ(皮膚からは感染しない)
- 人から人への直接感染(飛沫感染しない)
つまり、菌を含んだ水滴を吸い込まなければ感染しないのです。
温泉施設で行われている対策
では、現場ではどのようにレジオネラ菌対策をしているのでしょうか。
①塩素消毒の徹底
浴槽水の遊離残留塩素濃度は、通常0.4mg/L程度を保ち、最大でも1mg/Lを超えないよう努めること——厚生労働省の「公衆浴場における衛生等管理要領」はこう書いています。「努めること」という言い方なのは、要領そのものが国から自治体への通知だからです。事業者を実際に縛るのは、これを受けて各自治体が定めた条例で、細かい数字や測定の回数は自治体ごとに違います。
特に営業時間中は、利用者数の変動によって塩素濃度が変わりやすいため、こまめな確認が欠かせません。
測定結果は記録簿に記入し、保健所の立ち入り検査時に提示できるようにしています。
【塩素濃度が適正範囲を外れた場合のリスク】
濃度が低すぎる場合(0.4mg/L未満):
- レジオネラ菌などの細菌が十分に殺菌されず、繁殖のリスクが高まる
- 水質検査でレジオネラ菌が検出される可能性がある
- 感染症が発生した場合、施設の管理責任が問われる
- 保健所の指導や営業停止処分を受けることもある
濃度が高すぎる場合(1.0mg/L以上):
- 強い塩素臭が発生し、利用者からクレームが入る
- 目や皮膚への刺激が強くなり、不快感や炎症を引き起こす
- 温泉成分が分解・変質し、泉質本来の効能や香りが損なわれる
- 配管や設備の腐食が進行しやすくなる
適正な塩素濃度を維持することは、衛生管理と利用者の快適性の両立に不可欠です。そのため、現場スタッフは営業時間中、常に塩素濃度に気を配りながら業務にあたっています。
塩素は、レジオネラ菌を含む細菌を殺菌する最も確実で経済的な方法です。
②浴槽水の定期的な完全換水
循環式でも、週に1回に浴槽のお湯を全部入れ替えます。このとき、浴槽の内部を徹底的に清掃し、配管内も洗浄します。
③配管とろ過装置の清掃
配管内には「生物膜(バイオフィルム)」という細菌の塊が付着します。この中でレジオネラ菌は塩素から守られて増殖するため、定期的な配管洗浄が不可欠です。
ろ過装置のフィルターも、汚れが溜まると菌の温床になるため、こまめに逆洗浄や交換を行います。
④水質検査の実施
浴槽水の水質検査の回数は、厚生労働省の「公衆浴場における衛生等管理要領」を受けて、各自治体の条例で定められています。公衆浴場法そのものに回数が書いてあるわけではありません。
回数は浴槽のタイプで変わります。
- ろ過器を使っていない浴槽・毎日完全に換水している浴槽 … 1年に1回以上
- 連日使用している(循環ろ過している)浴槽 … 1年に2回以上
- 連日使用していて、消毒が塩素消毒ではない場合(オゾン・紫外線など) … 1年に4回以上
大きな温泉施設の主浴槽は、ほとんどが「連日使用している浴槽」にあたります。年2回以上が原則で、年2〜4回という数字は施設が親切で上乗せしているものではなく、もともと求められている頻度です。
基準は「レジオネラ属菌が検出されないこと(10CFU/100mL未満)」。数値を下回っていればよいのではなく、検出されないことが前提です。
検出された場合、まずやるのは管轄の保健所への届出です。多くの自治体で条例上の義務になっています。原因究明と対策は、そのあと保健所の指示を受けながら進めます。自分たちの判断で洗浄と再検査を繰り返すのが、いちばんやってはいけない対応です。検出された湯をそのまま営業に使い続けることも、基準に反します。
⑤温度管理
レジオネラ菌は60℃以上で死滅するため、給湯設備では高温に保つことが有効です。また、逆に20℃以下では増殖しにくくなります。
ただし、浴槽は入浴に適した温度(38〜42℃程度)にする必要があるため、温度管理だけでは不十分です。
⑥完全かけ流しの優位性
常に新しい温泉を注ぎ、循環させない「完全かけ流し」方式であれば、レジオネラ菌のリスクは大幅に低減されます。お湯が常に入れ替わるため、菌が繁殖する時間がないからです。
ただし、これには豊富な湧出量が必要で、すべての施設で実現できるわけではありません。
利用者ができる自衛策
温泉を利用する際、レジオネラ菌のリスクを減らすために意識できることがあります。
①施設の衛生管理を確認する
- 浴室や脱衣所が清潔に保たれているか
- 塩素濃度や水温の測定記録が掲示されているか
- レジオネラ検査の結果が公開されているか
こうした点をチェックすることで、施設の管理レベルがある程度わかります。
②ジェットバスやジャグジーは顔を近づけない
気泡が弾ける場所に顔を近づけると、エアロゾルを吸い込みやすくなります。特に免疫力が低下している時期は、避けたほうが無難です。
③体調が悪い時は無理しない
免疫力が低下している時は、感染しやすくなります。風邪気味の時や疲れている時は、温泉利用を控えるのも一つの判断です。
④入浴後に体調不良があれば早めに受診
温泉利用後、数日以内に高熱や咳などの症状が出た場合は、早めに医療機関を受診しましょう。その際、「温泉を利用した」ことを医師に伝えることが大切です。
まとめ
レジオネラ菌は、温泉施設にとって最も警戒すべき衛生リスクの一つです。
レジオネラ菌の危険性:
- 重症化すると肺炎を引き起こし、致死率は5〜10%
- 高齢者や免疫力の低い人は特にリスクが高い
- 集団感染のリスクもある
感染経路:
- エアロゾル(細かい水滴)を吸い込むことで感染
- お湯を飲んだり、皮膚から感染することはない
現場で行われている対策:
- 塩素消毒の徹底管理
- 定期的な浴槽の完全換水と清掃
- 配管・ろ過装置の洗浄
- ろ過器を使っていない浴槽・毎日完全に換水している浴槽 … 1年に1回以上
- 連日使用している(循環ろ過している)浴槽 … 1年に2回以上
- 連日使用していて、消毒が塩素消毒ではない場合(オゾン・紫外線など) … 1年に4回以上
温泉施設では、こうした地道な水質管理を日々行っています。利用者として、施設の衛生管理状況を確認し、自分の体調にも注意しながら、安全に温泉を楽しみましょう。
「見えない敵」だからこそ、正しい知識と適切な対策が重要なのです。
参考文献
- 国立健康危機管理研究機構(JIHS)「IASR 45(7), 2024【特集】レジオネラ症 2013~2023年」
https://id-info.jihs.go.jp/surveillance/iasr/pathogens/vol45/533/533t.html - 厚生労働省「レジオネラ対策のページ」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000124204.html - 厚生労働省「公衆浴場における衛生等管理要領等について」(平成12年12月15日生衛発第1811号、令和8年1月20日一部改正)※別添1「公衆浴場における水質基準等に関する指針」、別添2「公衆浴場における衛生等管理要領」、別添3「旅館業における衛生等管理要領」
https://www.mhlw.go.jp/content/11130500/001401962.pdf - 厚生労働省「公衆浴場における浴槽水等のレジオネラ属菌検査方法について」(令和元年9月19日薬生衛発0919第1号)
https://www.mhlw.go.jp/content/11130500/001401963.pdf - 厚生労働省「循環式浴槽におけるレジオネラ症防止対策マニュアル」(令和元年12月17日改正)
https://www.mhlw.go.jp/content/11130500/001401965.pdf - 厚生労働省「入浴施設の衛生管理の手引き」(令和4年5月13日)
https://www.mhlw.go.jp/content/11130500/001401967.pdf - 「レジオネラ症を予防するために必要な措置に関する技術上の指針」(平成15年厚生労働省告示第264号、平成30年厚生労働省告示第297号により一部改正)
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001492168.pdf - 公衆浴場法(昭和23年法律第139号)
https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000139











