温泉施設で働いていると、避けて通れないトラブルがあります。
浴槽内での排泄です。
「そんなこと本当にあるの?」と思うかもしれませんが、あります。特に小さなお子さんや、ご高齢の方が利用する施設では、残念ながら珍しいことではありません。
利用者の方にとっては「見てしまったけど、あの後どう処理したんだろう」と気になるポイントだと思います。この記事では、現場スタッフがどのような手順で対応しているのかを率直にお伝えします。
実際どのくらいの頻度で起きるのか
施設の規模や客層にもよりますが、月に数回は何かしらの汚染が発生するというのが正直なところです。
多いのは以下のパターンです。
- 乳幼児の排便(おむつが外れていない年齢のお子さん)
- 高齢者の失禁(体調や持病による)
- 体調不良による嘔吐(のぼせや飲酒後の入浴など)
「まさか自分が」と思うかもしれませんが、温泉の温熱効果でお腹が緩くなることもあります。誰にでも起こりうることです。
発生時の初動対応
浴槽内で排泄物が確認された場合、スタッフはまず次の3つを同時に進めます。
①入浴中のお客様に退出をお願いする
該当の浴槽から速やかに出ていただくよう、丁寧にお声がけします。
「水質管理のため」「設備点検のため」など、他のお客様に配慮した伝え方をすることが多いです。具体的に「排泄物が…」とは言わないのが一般的です。
②浴槽への新規入浴を止める
該当の浴槽に「清掃中」の掲示を出し、新たな入浴を防ぎます。
③循環装置を停止する
循環式の浴槽では、ろ過装置を通じて汚染が拡散するのを防ぐため、すぐにろ過ポンプを止めます。これが初動で最も重要なステップです。
排泄物の回収と浴槽の処理
回収作業
排泄物は、網やひしゃくを使って速やかに回収します。
固形物であれば比較的回収しやすいですが、軟便や下痢の場合は水中に拡散してしまい、回収が困難なこともあります。その場合は、回収作業と並行して換水(お湯の入れ替え)の判断に移ります。

換水するかどうかの判断
現場での判断基準はおおむね以下のとおりです。
- 固形で、拡散していない → 回収+消毒で対応できるケースが多い
- 軟便・下痢で水中に拡散 → 換水が必要
- 嘔吐物が広範囲に拡散 → 換水が必要
施設の規模や浴槽の容量によっては、換水に数時間かかることもあります。判断に迷う場合は、安全側に倒して換水するのが基本方針です。
消毒の手順
回収が完了したら、消毒に移ります。
塩素濃度を上げる
通常、温泉施設では遊離残留塩素を0.2〜0.4mg/L程度に管理していますが、汚染発生時には一時的に塩素濃度を高めます。
厚生労働省のガイドラインでは、嘔吐・下痢を伴う場合は次亜塩素酸ナトリウムで消毒し、接触時間を十分に確保することが推奨されています。
ORPの確認
塩素濃度を上げた後は、ORP(酸化還元電位)の数値で殺菌力が十分かどうかを確認します。ORP値が基準を満たしていることを確認してから、次のステップに進みます。
浴槽周囲の消毒
浴槽内だけでなく、浴槽の縁、排水溝、床面など周囲も消毒します。排泄物が飛び散っている可能性があるためです。
ろ過装置・配管の対応
循環式の浴槽では、排泄物の成分がろ過装置や配管に入り込んでいる可能性があります。
ろ過装置の逆洗
ろ過装置のフィルターに汚染物質が付着している可能性があるため、逆洗(バックウォッシュ)を行います。通常のろ過と逆方向に水を流し、フィルターに詰まった異物を洗い流す作業です。
配管の消毒
配管内に汚染物質が残っていると、バイオフィルムの形成やレジオネラ菌の繁殖につながるリスクがあります。
汚染の程度が大きい場合は、配管内の高濃度塩素消毒を実施することもあります。
営業再開までの流れ
汚染発生から営業再開までの一般的な流れは以下のとおりです。
軽微なケースであれば1〜2時間程度で再開できますが、換水を伴う場合は半日〜丸1日かかることもあります。
「あの浴槽だけ使えない」という状況を見たことがある方もいると思いますが、こうした作業をしている最中だった可能性があります。
大便と小便で対応は違うのか
結論から言うと、大便の方が対応は大がかりです。
大便の場合
大便には大腸菌やノロウイルスなどの病原体が含まれている可能性があり、感染リスクが高いです。そのため、回収・消毒・換水の判断はより慎重に行います。
特に下痢便の場合は、ノロウイルスやクリプトスポリジウムなどの感染症が疑われるため、換水+高濃度塩素消毒が基本になります。
小便の場合
正直に言うと、浴槽内での排尿は検知が極めて難しいです。無色で匂いも薄まるため、発生しても気づかないケースがほとんどでしょう。
衛生的には望ましくありませんが、通常の塩素消毒と循環ろ過で処理される範囲内です。だからこそ、利用者の方には入浴前にトイレを済ませ、体を洗ってから入るというマナーを守っていただきたいのです。
嘔吐の場合
嘔吐も排泄と同様に対応が必要です。
嘔吐物にはノロウイルスなどの感染性病原体が含まれている可能性があるため、排泄物と同じか、それ以上に慎重な対応が求められます。
特に冬場のノロウイルス流行期は、嘔吐があった時点で感染症を前提とした対応を取ることが多いです。
嘔吐の原因として多いのは、のぼせや湯あたり、飲酒後の入浴です。体調がすぐれないときの入浴は避けましょう。
利用者への対応
当事者への対応
排泄をしてしまった方への対応は、責めない・恥をかかせないが大原則です。
特にお子さんの保護者や高齢の方は、ご本人が一番申し訳なく思っています。「大丈夫ですよ」「こちらで対応しますので」と声をかけ、安心していただくことが大切です。
他の利用者への説明
他のお客様には、「水質管理のため一時的にご利用をお控えいただいています」とお伝えします。
詳細をお伝えする必要はありませんが、聞かれた場合は正直に「衛生上の対応をしています」とお答えすることもあります。
再発防止のためにできること
完全にゼロにすることは難しいですが、施設側としてできる対策はあります。
おむつ着用のお子さんへの対応
多くの施設では、おむつが外れていないお子さんの入浴をお断りしています。水遊び用おむつを着用しての入浴を認めている施設もありますが、水遊び用おむつは排便を完全には防げないため、リスクはゼロにはなりません。
入浴前のトイレ利用の周知
脱衣所やロビーに「入浴前にトイレをお済ませください」という掲示をしている施設は多いです。地味ですが、効果的な予防策です。
飲酒後の入浴制限
飲酒後の入浴は、のぼせや嘔吐のリスクを高めます。施設によっては飲酒後の入浴をお断りしているところもあります。
利用者として知っておいてほしいこと
最後に、温泉を利用する方にお伝えしたいことがあります。
施設はちゃんと対応しています
「あの温泉、不衛生なのでは…」と心配になる方もいると思いますが、まともな施設であればマニュアルに沿ってきちんと消毒・処理を行っています。
塩素管理、ORPの確認、ろ過装置の運転、バイオフィルム対策、レジオネラ菌の定期検査——こうした日常的な衛生管理の上に、緊急時の対応が乗っています。
入浴マナーが最大の予防策
- 入浴前にトイレを済ませる
- 体調が悪いときは入浴を控える
- 飲酒直後の入浴は避ける
- 体を洗ってから浴槽に入る
これらの基本的なマナーが、結果的に自分自身の安全も守ることにつながります。
見かけたらスタッフに一声を
もし浴槽内で排泄物や異物を見つけたら、スタッフにそっと教えてください。早期発見が、迅速な対応につながります。
まとめ
浴槽での排泄は、温泉施設が避けて通れないトラブルの一つです。
発生時の対応: 入浴者の退出 → 循環停止 → 回収 → 消毒(換水の判断)→ ろ過逆洗・配管消毒 → 水質確認 → 営業再開
対応のポイント: 拡散を防ぐための循環停止が最優先。軟便・下痢・嘔吐は感染症リスクが高いため換水が基本。消毒は塩素濃度を上げ、ORPで殺菌力を確認する。
利用者の方へ: 施設はマニュアルに基づいてきちんと対応しています。入浴前のトイレ、体調不良時の入浴回避、飲酒直後の入浴禁止——これらのマナーが、みんなが気持ちよく温泉を楽しむための土台です。
あまり表に出ない話ですが、現場ではこうした対応を日々行いながら、安全で清潔なお湯を提供しています。裏方の努力を少しでも知っていただければ幸いです。
【参考文献】
・厚生労働省「公衆浴場における衛生等管理要領」(令和元年9月19日改正) https://www.mhlw.go.jp/content/11130500/001171614.pdf
・厚生労働省「循環式浴槽におけるレジオネラ症防止対策マニュアル」(健衛発第95号、平成13年9月11日) https://www.mhlw.go.jp/topics/2001/0109/tp0911-1.html
・厚生労働省「レジオネラ症を予防するために必要な措置に関する技術上の指針」(パンフレット) https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/kenkou/legionella/dl/pamph.pdf








