温泉の成分表示に「含よう素泉(がんようそせん)」という文字を見つけて、「これは何だろう?」と首をかしげたことはないでしょうか。硫黄泉や塩化物泉に比べると耳なじみが薄く、出会える施設も限られる、少しマイナーな泉質です。しかし、うがい薬を思わせる独特の色合いや、その成分が生まれる地質学的な背景を知ると、含よう素泉はとても奥深い温泉であることが分かります。
この記事では、現役の温泉施設スタッフとして働きながら、地質学の研究バックグラウンドを持つ筆者が、含よう素泉の特徴、効能、そしてあの色や成分が生まれる理由を解説します。これで、日本に10種類ある療養泉の泉質記事もいよいよ最後の一つ。ラストを飾るにふさわしい、個性的な泉質を一緒に見ていきましょう。泉質全体を先に見渡したい方は、温泉成分の種類一覧|泉質10種類と特徴をわかりやすく解説もあわせてどうぞ。
含よう素泉とは|2014年に加わった新しい泉質
含よう素泉とは、温泉水1kg中に「よう化物イオン(ヨウ化物イオン)」を10mg以上含む温泉のことを指します。よう素(ヨウ素)は、うがい薬やイソジンでおなじみの元素で、私たちの体にとっても必要なミネラルのひとつです。
含よう素泉は、療養泉10種類の中でもっとも新しく加わった泉質です。環境省の鉱泉分析法指針が改訂され、2014年(平成26年)に正式な泉質として認められました。それまでヨウ素を多く含む温泉は塩化物泉などに分類されていましたが、ヨウ素の持つ特徴が評価され、独立した泉質として位置づけられたのです。そのため、比較的新しい概念で、掲示を見慣れていない方が多いのも無理はありません。
含よう素泉の最大の特徴|時間とともに黄色く変わる
含よう素泉のもっとも分かりやすい特徴は、その色にあります。湧きたての源泉は無色透明に近いことが多いのですが、空気に触れて時間が経つと、だんだん黄色から褐色(うがい薬のような色)へと変化していくのです。
なぜ色が変わるのか
これは、水に溶けていたヨウ化物イオンが、空気中の酸素と反応して酸化し、「よう素(I₂)」という別の形に変わるために起こります。ヨウ素は黄褐色をしているため、酸化が進むほどお湯は色づいていきます。うがい薬が茶色いのも同じヨウ素の色で、あの見慣れた色を思い浮かべると納得しやすいはずです。
この「時間が経つと色が濃くなる」という性質は、含よう素泉ならではのものです。源泉を貯めておいたタンクのお湯が、朝は薄い色だったのに時間とともに濃くなる——現場では、こうした変化を目にすることがあります。温泉の成分が空気に触れて姿を変えるという点では、湯の花が析出する現象とも通じるものがあります。成分が固体として現れる湯の花については、湯の花は汚い?|汚れとの違いと見分け方を現場スタッフが解説で詳しく解説しています。
においや味の特徴
含よう素泉は、独特のにおいを持つことがあります。ヨウ素そのものや、ともに含まれることの多い成分に由来する、少し薬品を思わせるにおいです。また、含よう素泉は塩化物を多く含むことが多く、その場合はしょっぱい味を感じます。色・におい・味と、五感で個性を感じられる、記憶に残りやすい泉質と言えます。
【地質の話】含よう素泉はどこから来るのか
ここは、地質学的にとても面白いところです。含よう素泉のヨウ素は、いったいどこから来るのでしょうか。その答えは、はるか昔の「海」にあります。
ヨウ素は太古の海と生き物の贈り物
ヨウ素は、もともと海水や海の生き物に多く含まれる元素です。海藻がヨウ素を豊富に含むことはよく知られています。大昔、海だった場所に堆積した地層には、当時の海水や、死んで沈んだ海の生き物(プランクトンや海藻など)の遺骸が閉じ込められました。長い年月の間に、これらの有機物が分解される過程で、ヨウ素が地層の水(地層水)の中に濃縮されていきます。
この、大昔の海水が地層に閉じ込められたものを「化石海水(かせきかいすい)」と呼びます。含よう素泉は、この化石海水を起源とすることが多く、だからこそヨウ素とともに塩分(塩化物)も多く含むのです。同じく化石海水と関わりの深い塩化物泉とは、いわば兄弟のような関係にあります。塩化物泉の成り立ちについては、塩化物泉とは?|特徴・効能・入浴時の注意点を解説もあわせて読むと、海由来の温泉のつながりが見えてきます。
ちなみに、多くの温泉が火山の熱で生まれるのに対し、含よう素泉は「非火山性の温泉に多い」というのも大きな特徴です。火山とは無関係に、堆積した地層の中から湧いてくる——この点でも、含よう素泉は火山国・日本の温泉の中では少し毛色の違う存在なのです。
日本一のヨウ素産地・南関東
実は日本は、世界有数のヨウ素生産国です。とくに千葉県を中心とする南関東のガス田地帯(南関東ガス田)は、地下から汲み上げる「かん水(塩水)」に高濃度のヨウ素が含まれることで知られています。天然ガスとともに汲み上げられるこの地層水が、日本のヨウ素産業を支えています。日本は世界のヨウ素生産の大きなシェアを占めており、チリと並ぶ主要な産出国です。こうした事実は、日本の地下に太古の海の痕跡がいかに豊かに眠っているかを物語っています。こうした地域では、同じ地下水を利用した含よう素泉に出会える可能性が高くなります。
地質学的に見ると、含よう素泉が湧く場所は「かつて海だった土地の記憶」が地下に保存されている場所とも言えます。プレートの動きや地殻変動によって、昔の海底が隆起して陸地になり、その地層の中に海水と有機物が閉じ込められる。そうした長い時間のスケールの上に、いま私たちが浸かる一杯の湯があるわけです。泉質と土地の地質のつながりは、泉質でめぐる日本地質マップでも視覚的に楽しめますので、ぜひのぞいてみてください。
含よう素泉の効能・適応症
含よう素泉は、療養泉として一般的な適応症のほか、泉質特有の適応症が定められています。ここでは環境省の指針で示されている考え方をもとに紹介しますが、効果の感じ方には個人差があります。
含よう素泉の泉質別適応症としては、飲用した場合に高コレステロール血症に関するものが挙げられています。ただし、飲用については施設ごとに飲泉の許可や方法が定められており、掲示に従う必要があります。勝手に温泉水を飲むことは避けてください。
また、療養泉に共通する一般的適応症として、筋肉や関節のこわばり、冷え性、疲労回復、健康増進などがあるとされます。温泉の効能はあくまで補助的なものであり、特定の病気を治療するものではありません。持病がある方や治療中の方は、入浴・飲用の前に主治医に相談すると安心です。
入浴・利用時の注意点
含よう素泉を楽しむうえで、いくつか気をつけたい点があります。
ヨウ素・甲状腺に関わる注意
ヨウ素は、体の甲状腺という器官と深く関わる成分です。そのため、甲状腺の病気をお持ちの方や治療中の方、ヨウ素の摂取について医師から指導を受けている方は、とくに飲用に関して注意が必要とされています。入浴についても、不安がある場合は事前に主治医に相談することをおすすめします。ここは自己判断せず、専門家の意見を仰いでほしいところです。
着色汚れに注意
ヨウ素の色は、タオルや衣類、白い浴槽などに色移りすることがあります。とくに濃い含よう素泉では、タオルが黄ばむことがあるため、お気に入りの白いタオルの使用は避けたほうが無難かもしれません。これは現場でも、清掃時に浴槽の縁の着色として実感する部分です。
禁忌症の確認を
どの温泉にも、入浴を避けるべき状態(禁忌症)があります。含よう素泉に限らず、体調がすぐれないときや、当てはまる症状があるときは無理をしないことが大切です。温泉の禁忌症については、温泉の禁忌症とは?|入ってはいけない病気・症状を解説にまとめていますので、あわせて確認してみてください。
設備管理の視点から見た含よう素泉
現場スタッフの目線で付け加えると、含よう素泉はやや手のかかる泉質です。塩分を多く含むことが多いため、金属の設備を腐食させやすく、配管や金具のメンテナンスに気を使います。この点は塩化物泉や硫黄泉と共通する悩みです。また、酸化して色づく性質があるため、浴槽や設備への着色対策も必要になります。マイナーな泉質ながら、管理する側にとっては個性の強い、付き合いがいのある温泉なのです。
まとめ|含よう素泉は「太古の海」がくれた個性派の湯
含よう素泉は、ヨウ化物イオンを多く含む、2014年に加わった新しい療養泉です。空気に触れると黄褐色に変化する、うがい薬のような色が最大の特徴で、その正体はヨウ素の酸化によるもの。そしてそのヨウ素は、大昔の海が地層に閉じ込めた化石海水に由来する、いわば「太古の海からの贈り物」です。
出会える施設は限られますが、色・におい・味と五感で個性を楽しめる、記憶に残る泉質です。ヨウ素と甲状腺の関わりから、飲用時や持病のある方は注意が必要な点だけ押さえておけば、その独特の魅力を存分に味わえます。これで療養泉10種類の泉質記事が出そろいました。それぞれの泉質が、その土地の地質や歴史を映し出していること——温泉を「知る」面白さが、少しでも伝わっていれば嬉しいです。自分に合う泉質を探したい方は、泉質診断もぜひ試してみてください。
参考文献
- 環境省「あんしん・あんぜんな温泉利用のいろは」(療養泉の泉質・適応症・禁忌症の解説冊子)
- 環境省「温泉利用のいろは・鉱泉分析法指針など温泉関連情報」 https://www.env.go.jp/nature/onsen/
- 環境省「温泉の禁忌症及び入浴又は飲用上の注意(平成26年7月改正)」関連情報
- 厚生労働省「公衆浴場における衛生等管理要領等について」 https://www.mhlw.go.jp/topics/2001/0111/tp1106-1.html





