「なんで温泉って、もっと街中にポンポン建たないんだろう?」
温泉好きな方なら一度は思ったことがあるかもしれません。実は温泉施設が”密集しにくい”のには、地面の下の事情から法律、そしてお金の話まで、いくつもの理由が絡み合っています。
この記事では、温泉施設で働きながら地質の研究をしていた筆者が、温泉同士が近くに建ちにくい5つの理由をわかりやすく解説します。
そもそも「お湯が出る場所」は限られている|地質の制約
まず大前提として、温泉はどこを掘っても湧くわけではありません。
温泉が湧くには、大きく3つの地質条件がそろう必要があります。
- 熱源があること(マグマや地熱)
- 地下水が十分にあること
- お湯を地表まで運ぶ断層や割れ目(フラクチャー)があること
この3つがそろう場所は、日本列島の中でもかなり限られます。たとえば火山の周辺や、活断層が走っている地域に温泉地が集中しているのは偶然ではなく、地下の構造がそうさせているんです。
さらに重要なのが「帯水層(たいすいそう)」の存在です。地下には水を溜め込みやすい地層と、水を通しにくい地層が交互に重なっています。温泉水はこの帯水層の中を流れているので、同じ帯水層を複数の井戸で汲み上げると、お互いの湯量に影響し合います。
わかりやすく言えば、1本のストローで飲んでいたジュースを、2本のストローで同時に吸うようなもの。当然、1本あたりの量は減りますよね。
地質をやっていた身からすると、温泉の分布は「人間が決めた」というより「地球が決めた」と言ったほうが正確です。
ちなみに、地下の地質条件の違いは温泉の「泉質」にも直結します。泉質ごとの特徴を知りたい方は「温泉成分の種類一覧|泉質8種類と効果をわかりやすく解説」もあわせてどうぞ。
温泉法と既得権|「先に掘った人」が守られる仕組み
地質条件をクリアしても、自由に掘れるわけではありません。日本には温泉法という法律があり、温泉を掘削するには都道府県知事の許可が必要です。
この許可審査で重要になるのが、既存の温泉源への影響です。
すでに営業している温泉の近くで新たにボーリングしようとすると、「既存源泉の湯量や温度に悪影響が出るのでは?」という観点から、許可が下りないケースがあります。多くの都道府県では、既存源泉から一定の距離(たとえば数百メートル)以内の掘削に対して、より厳しい審査基準を設けています。
つまり、先に温泉を掘った事業者には、ある種の”既得権“が生まれる仕組みになっているんです。
これは温泉資源を守るための制度なので、理にかなっています。ただ、新規参入のハードルが高くなるのも事実。「あのエリアに温泉を作りたい」と思っても、すでに近くに源泉があれば計画自体を見直さなければなりません。
有限な地下資源|湧き続けるとは限らない
温泉は「自然の恵み」とよく言われますが、無限に湧くわけではありません。
地下の温泉水が補充されるスピード(涵養速度・かんようそくど)には限りがあります。雨水が地面にしみ込み、地下深くで温められて温泉水になるまでには、数十年から数百年かかることも珍しくありません。
つまり、今汲み上げているお湯は、何十年も前に降った雨だったりするわけです。温泉の贅沢な使い方として知られる「源泉かけ流し」も、裏を返せばそれだけの湯量を安定して確保できる源泉があってこそ成り立つわけですね。
狭いエリアに施設が集中すると、同じ帯水層から大量のお湯を汲み上げることになり、こんな問題が起きます。
- 湯量が年々減っていく
- 温度が徐々に下がる
- 最悪の場合、枯渇する
実際に、過剰な汲み上げで湯量が激減した温泉地は日本各地にあります。現場で働いていると、「最近ちょっとお湯の出が悪いな」という微妙な変化に気づくこともあって、資源の有限性は肌で感じるものです。
温泉地全体で「どれくらい汲み上げるか」を管理しないと、共倒れになるリスクがある。だからこそ、施設が自然と分散するような力学が働いているわけです。限られた湯量を有効に使うために循環ろ過方式を導入する施設が多いのも、こうした背景があります。
経営判断|あえて近くに建てないワケ
仮に地質も法律もクリアできたとして、経営的に「競合の隣に建てる」のは得策でしょうか?
温泉施設の経営では、商圏の食い合いが大きなリスクになります。
コンビニやファストフード店なら「近くにあるほど便利」と思ってもらえることもありますが、温泉施設の場合は事情が違います。お客さんが温泉に行く頻度はそこまで高くないので、近くに似たような施設があると、限られたパイの奪い合いになりやすいんです。
特に日帰り温泉施設の場合、商圏は車で30分圏内がメインと言われています。この範囲に競合が増えれば増えるほど、1施設あたりの集客力は落ちます。
施設運営の現場感覚としても、近隣に新しい温泉施設ができると、やっぱりお客さんの数に影響が出ます。逆に言えば、ある程度の”距離感”を保つことが、お互いの経営を安定させる暗黙の知恵になっている部分もあるんですよね。
集客の面では、施設の”居心地の良さ”も大切。マナーの悪いお客さんが増えると常連さんが離れてしまうので、温泉・サウナでやりがちなNG行動を周知することも経営安定につながります。
掘削・維持コストの壁|温泉を「出す」のはものすごくお金がかかる
最後に、意外と知られていないコストの話です。
温泉を掘るにはボーリング(掘削)工事が必要ですが、この費用がかなり高額です。深さにもよりますが、一般的に数千万円〜1億円以上かかることも珍しくありません。しかも、掘ったからといって必ずお湯が出る保証はなく、いわば”地下のギャンブル”です。

さらに、掘削後もお金はかかり続けます。
- 揚湯ポンプの電気代:自噴しない温泉では、ポンプで汲み上げる電気代が毎月かかります。さらに源泉温度が低ければボイラーによる加温も必要です
- 配管のメンテナンス:温泉水に含まれる成分(カルシウムや鉄分など)が配管内に付着し、定期的な洗浄や交換が必要です。ちなみに、これらの成分はお肌への影響にも関わってきます
- 水質検査・衛生管理費:レジオネラ属菌の検査など、安全管理にも継続的なコストが発生します
施設の衛生管理では塩素消毒も欠かせません。こうした見えないコストが積み重なっていくのが温泉経営の実情です。
正直、設備まわりの維持費は本当にバカにならないと実感しています。温泉の成分によっては配管がすぐにスケール(沈着物)で詰まるもあり、想定外の出費が発生することも日常茶飯事です。
これだけの初期投資と維持費がかかるため、「とりあえず温泉を掘ってみよう」とはなかなかならないのが現実です。
まとめ|温泉が”ちょうどいい距離感”で存在する理由
温泉施設が密集しにくい理由をまとめると、こうなります。
| 要因 | ポイント |
|---|---|
| 地質の制約 | お湯が湧く場所は地球が決める。帯水層の共有問題もある |
| 法律と既得権 | 温泉法により、既存源泉の近くでは新規掘削が制限される |
| 有限な資源 | 汲み上げすぎると湯量低下・枯渇のリスクがある |
| 経営判断 | 商圏の食い合いを避けるため、自然と距離を取る |
| コストの壁 | 掘削に数千万〜億単位、維持費も高額で気軽に参入できない |
温泉が”ちょうどいい距離感”で点在しているのは、自然の制約と人間の知恵が重なった結果なんです。
次に温泉を訪れたとき、「この場所にお湯が湧いているのは、何万年もの地球の歴史の結果なんだな」と思うと、いつものお湯がちょっと特別に感じられるかもしれません。
※本記事は筆者の実務経験と地質学の知見にもとづいて執筆しています。温泉法の運用や掘削規制の詳細は都道府県によって異なりますので、具体的な許可申請については各自治体の担当窓口にご確認ください。
【参考文献】
・環境省「温泉法の概要」 https://www.env.go.jp/nature/onsen/outline/
・環境省「温泉資源の保護に関するガイドライン(改訂)」(平成26年4月) https://www.env.go.jp/nature/onsen/docs/hogo_guidelinekaitei1.pdf
・環境省「温泉資源の保護に関するガイドライン」(平成21年3月) https://www.env.go.jp/press/files/jp/13328.pdf






