冬至の柚子湯、端午の節句の菖蒲湯。季節の行事として、湯船に植物を浮かべる「変わり湯」を楽しみにしている方は多いと思います。最近では、りんごやチェリー、トマトといった果物や野菜を大量に浮かべる施設も話題になり、SNSで写真を見かける機会も増えました。
見た目は華やかで、香りも良く、季節を感じられる。お客様にとってはうれしいイベントです。
一方で、湯船に果物や野菜を入れるということは、循環ろ過している浴槽に、大量の有機物を入れるということでもあります。その裏側で、施設の設備や水質管理にはどんなことが起きているのでしょうか。
この記事では、変わり湯を否定するのではなく、施設が何を天秤にかけて実施しているのかを、現場の視点からお伝えします。あわせて、利用される方にお願いしたいことも書いています。
そもそも変わり湯とは
変わり湯とは、通常のお湯に植物や果物、入浴剤などを加えて、季節感や香りを楽しめるようにしたお風呂のことです。
行事としての柚子湯と菖蒲湯
代表的なのが、冬至の柚子湯(ゆずゆ)と、5月の端午の節句の菖蒲湯(しょうぶゆ)です。
柚子湯は、一年で最も昼の短い冬至の日に、柚子を浮かべた湯に入って無病息災を願う風習です。「冬至」と「湯治」、「柚子」と「融通」をかけた語呂合わせとも言われています。菖蒲湯は、香りの強い菖蒲で邪気を払うという考えから広まったとされます。
興味深いのは、柚子湯は江戸時代に銭湯が客寄せのために始めたのが起源だと言われていることです。変わり湯は、もともと施設が人を呼ぶためのイベントとして生まれたものだったわけです。そう考えると、現代の温浴施設が季節ごとに趣向を凝らすのも、同じ流れの上にあると言えます。
どちらも長く受け継がれてきた行事で、多くの温浴施設が毎年実施しています。常連のお客様の中には、この日を目当てに来館される方も少なくありません。
広がるフルーツ湯・野菜湯
近年は、伝統行事にとどまらず、りんご湯、みかん湯、チェリー湯、トマト湯、ハーブ湯など、さまざまな変わり湯を企画する施設が増えています。
湯面いっぱいに色鮮やかな果物が浮かぶ光景は写真映えし、SNSでの拡散を通じた集客につながります。施設にとっては、季節のイベントとして大きな魅力があるのです。
浴槽に有機物を入れると設備で何が起きるか
ここからが、お客様の目には見えない部分です。
多くの温浴施設の浴槽は、お湯を循環させてろ過し、塩素で消毒しながら使っています。この仕組みは、浴槽に入ってくる汚れが「入浴者の汗や皮脂」程度であることを前提に設計されています。そこへ果物や植物がまとまった量で加わると、いくつかの影響が出てきます。循環の全体像は温泉のろ過と逆洗って何?をご覧ください。
塩素が消費される
果物や植物は有機物の塊です。有機物は塩素と反応して、塩素を消費します。
さらに、果物を切ったり潰れたりすると、果汁や糖分がお湯に溶け出します。これも塩素を消費する要因になり、同時に菌にとっての栄養源にもなり得ます。
つまり、いつもと同じ量の塩素を注入していても、残留塩素が基準まで上がりにくくなるのです。変わり湯の日に塩素濃度の測定頻度を上げている施設が多いのは、このためです。塩素が上がらない仕組みについては温泉施設で塩素が上がらない!|原因8つと現場の対処法を現場スタッフが解説で整理しています。
集毛器とろ過器に負担がかかる
湯船に浮かんだ果物や植物は、時間とともに皮がふやけ、細かい破片が出てきます。菖蒲の葉がちぎれたり、柚子の皮が剥がれたりもします。
こうした破片は循環の流れに乗って吸い込み口へ向かい、まず集毛器(ヘアキャッチャー)に溜まります。集毛器を通り抜けた細かいものは、さらに奥のろ過器まで進み、ろ材の目詰まりを早めます。
集毛器やろ過器が詰まると、お湯の流れが悪くなり、循環量が落ちます。循環量が落ちれば、ろ過も塩素も浴槽全体に行き渡りにくくなる——という連鎖が起きます。集毛器の役割は温泉の集毛器(ヘアキャッチャー)とは?|毎日の洗浄が必要な理由と手順で詳しく解説しています。
秋の露天風呂に浮かぶカメムシや落ち葉と、構造はまったく同じです。露天風呂にカメムシが浮いている|秋に増える理由と施設の対処でも触れたとおり、ひとつひとつは小さくても、量が積み重なると水質管理全体に影響してきます。
吸い込み口に寄っていく
浴槽には、お湯をろ過装置へ送り出す吸い込み口があります。小さな果物や、種・軸のあるものは、循環の流れで吸い込み口のほうへ寄っていきます。
吸い込み口には目皿が付いているため大きなものが配管に入ることはありませんが、目皿の表面に張り付けば、吸い込みを妨げることになります。温泉の吸い込み口と吐き出し口とは?|吸込事故とキャビテーションの危険性でも解説しているとおり、吸い込み側の抵抗が増えるとポンプへの負担も大きくなります。
時間が経つと傷む
果物や野菜は食べ物です。温かいお湯に長時間浸かっていれば、当然ながら傷んでいきます。
皮が破れて中身が出てきたもの、柔らかく崩れてきたものは、見た目にも衛生的にも好ましくありません。変わり湯を長時間続けるほど、この問題は大きくなります。
施設が変わり湯を実施するときの工夫
こうしたリスクがあるからといって、多くの施設が変わり湯をやめているわけではありません。行事としての価値やお客様の楽しみを大切にしながら、影響を抑える工夫をして実施しています。
ネットに入れて浮かべる
もっとも一般的なのが、果物や植物をネットに入れてから浮かべる方法です。こうすれば、破片が湯船に散らばりにくく、吸い込み口へ流れていくことも防げます。回収するときも、ネットごと引き上げれば済みます。
切らずに丸ごと入れる
柚子は、切らずに丸ごと浮かべるのが基本です。切ってしまうと果汁や果肉が一気に溶け出し、塩素の消費も、破片の量も、肌への刺激も大きくなります。香りは弱くなりますが、設備と利用者の両方にとって負担の少ない方法です。
時間や浴槽を限定する
終日ではなく時間帯を区切ったり、特定の浴槽だけで実施したりする施設もあります。影響の範囲を限定することで、他の浴槽の水質管理を安定させられます。
こまめに入れ替え、終了後は回収する
傷んできたものは途中で取り出し、新しいものと入れ替えます。そしてイベント終了後は、残らず回収します。
終了後の集毛器清掃と換水
変わり湯の後は、集毛器に破片がいつも以上に溜まっています。通常より入念な清掃が必要になりますし、ろ過器の逆洗や、状況によっては換水の判断も必要になります。換水の考え方については温泉の換水とは?|法令で決まる頻度と緊急換水の判断基準をご覧ください。
お客様が楽しんだあとの浴槽を、翌日に向けて元の状態に戻す作業。これも変わり湯の一部です。
フルーツ湯・野菜湯をどう考えるか
柚子湯や菖蒲湯のように、丸ごと浮かべられ、比較的崩れにくいものは、工夫次第で影響を抑えやすいと言えます。
一方、果汁の多い果物や柔らかい野菜、実の小さいものを大量に浮かべる場合は、傷みやすさ、破片の出やすさ、吸い込み口への寄りやすさといった点で、管理の難易度は上がります。
また、食べ物をお湯に浮かべることに対して「もったいない」と感じる方がいるのも事実です。規格外品や廃棄予定のものを活用している施設もあり、事情は施設ごとにさまざまです。
どの変わり湯が正解ということではなく、施設ごとに、見た目や集客効果と、設備・水質管理への負荷を天秤にかけて判断しているというのが実態です。華やかなイベントの裏で、スタッフは塩素濃度計と集毛器を見ながら一日を過ごしている——そう想像していただけると、変わり湯の見え方が少し変わるかもしれません。
利用される方へのお願い
変わり湯を気持ちよく楽しんでいただくために、いくつかお願いがあります。
柚子を握ったり潰したりしない
香りを出そうとして、柚子を手で揉んだり握ったりする方がいらっしゃいます。気持ちは分かるのですが、果汁や精油成分がお湯に溶け出し、塩素の消費が増えるだけでなく、ほかのお客様の肌への刺激にもつながります。浮かんでいる柚子は、そのまま香りを楽しんでください。
持ち帰らない
浮かべている柚子や果物を、持ち帰ってしまう方もいらっしゃいます。湯船に浸かっていたものは食用には適していませんし、ほかのお客様が楽しむためのものでもあります。浴室の外へは持ち出さないようお願いします。持ち込み・持ち出しのルールについては温泉の浴室に持ち込んではいけない物とは?|スマホ・本・飲食物がダメな理由もあわせてご覧ください。
お子さんが投げて遊ばないように
浮かんでいる柚子はボールのようで、子どもにとっては格好の遊び道具です。投げ合ったり湯船の外へ持ち出したりすると、ほかのお客様の迷惑になるうえ、転倒の原因にもなります。保護者の方が一声かけていただけると助かります。
肌が弱い方は様子を見ながら
柚子の皮に含まれるリモネンなどの精油成分は、肌が敏感な方にとって刺激になることがあるとされています。入浴中にピリピリしたり、赤みやかゆみが出たりした場合は、無理をせず上がって、シャワーで洗い流してください。
感じ方には個人差があり、症状が続く場合は医療機関にご相談ください。肌の弱い方の入浴については温泉で肌が荒れる人がやりがちなミス|敏感肌を守る正しい入浴法とケアも参考になります。果物に対するアレルギーのある方も、念のため変わり湯の浴槽は避けておくと安心です。
気になることがあればスタッフへ
果物が崩れている、破片がたくさん浮いている、においが気になる——そんなときは、遠慮なくスタッフに声をかけてください。入れ替えや回収の目安として、とても助かります。
まとめ
柚子湯や菖蒲湯、そして近年増えているフルーツ湯や野菜湯は、季節を感じられる楽しいイベントです。一方で、循環ろ過している浴槽に有機物を入れることは、塩素の消費、集毛器やろ過器の負担、吸い込み口への付着、時間経過による傷みといった影響を伴います。
施設はネットに入れる、丸ごと浮かべる、時間や浴槽を限定する、こまめに入れ替えて回収する、終了後に清掃や換水を行うといった工夫で、その影響を抑えながら実施しています。
変わり湯の日は、柚子を握らず、持ち帰らず、香りと見た目をそのまま楽しんでいただくのがいちばんです。華やかなお湯の裏側で何が起きているのかを知っておくと、次の柚子湯が少し違って見えるはずです。
参考文献
- 厚生労働省「公衆浴場における衛生等管理要領等について」 https://www.mhlw.go.jp/topics/2001/0111/tp1106-1.html
- 厚生労働省「公衆浴場における衛生等管理要領等の改正について(令和元年9月19日)」 https://www.mhlw.go.jp/content/11130500/001402024.pdf
- 厚生労働省「入浴施設の衛生管理の手引き」 https://www.mhlw.go.jp/content/11130500/001401967.pdf
- 厚生労働省「レジオネラ症を予防するために必要な措置に関する技術上の指針」 https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/kenkou/legionella/030725-1.html











