※本ページには虫の画像が出てきますので、苦手な方の閲覧はご注意ください。
秋の露天風呂で、湯船に緑色の虫、茶色い虫が浮いているのを見つけてしまった——そんな経験はないでしょうか。網ですくってもらったはいいけれど、なんとも言えない気持ちになる。あの虫、たいていはカメムシです。
施設で働いていると、9月から10月にかけて「露天にカメムシが浮いてるよ」というお声を毎日のようにいただきます。正直に言えば、これは私たちにとっても頭の痛い季節です。
この記事では、なぜ秋の露天風呂にカメムシが集まるのか、施設側が実際に何をしているのか、そしてなぜ「常時ゼロ」にできないのかを、現場の事情も含めて率直にお伝えします。
結論:9〜10月の露天風呂とカメムシは、構造上ほぼ避けられません
最初に結論をお伝えします。秋の露天風呂からカメムシを完全に締め出すことは、現実的にはできません。
露天風呂は屋外にあり、空に向かって開いています。窓も網戸もない空間に、飛んでくる虫を入れない方法はありません。加えて後述するとおり、露天風呂まわりはカメムシにとって「条件が揃いすぎている」場所でもあります。
できるのは、見つけ次第すくい取ること、集まりにくい環境をつくること、そして設備への影響を抑えることです。ゼロにはできないが、放置もしない——これが現場の実態です。
がっかりさせてしまったかもしれませんが、この前提を知っていただいたうえで、裏側で何が起きているのかを読んでいただければと思います。
なぜ秋に、なぜ露天風呂に来るのか
カメムシが秋に目立つのには、はっきりした理由があります。
カメムシは越冬場所を探して移動する
温浴施設でよく見かけるのが、体長15mmほどの暗褐色をしたクサギカメムシです。国内でもっともにおいが強いとされる種類でもあります。
このカメムシは、初夏から夏にかけて産卵し、夏の終わりごろに新しい成虫が現れます。 そして成虫のまま冬を越すため、気温が下がり始めると越冬できる場所を探して移動を始めます。
この移動のタイミングが、まさに9月から10月。急に姿を見かけるようになるのは、数が爆発的に増えたからというより、越冬場所を求めて動き回っているからです。
種類によっては、秋に大量飛来する年とそうでない年があります。「今年は多いな」と感じる年があるのは、気のせいではありません。

「狭く暗い場所」「暖かい構造物」に集まる習性
クサギカメムシの厄介なところは、人工の建造物への適応力が非常に高いことです。越冬のために集団で建物に侵入する習性は、近縁のカメムシの中でも際立っています。
好むのは、狭く暗く、風雨をしのげて、ある程度暖かい場所。そして驚くべきことに、わずか2〜3mmの隙間からでも入り込みます。
もうひとつ知っておきたいのが、においの役割です。カメムシのにおいは、少量であれば仲間を呼び寄せる「集合フェロモン」として働きます。1匹が居心地のいい場所を見つけると、そこに仲間が集まってくる——そういう仕組みがあるのです。
露天風呂まわりは条件が揃いすぎている
ここまで読んでいただくと、察しがつくかもしれません。露天風呂の周辺は、カメムシが求める条件をほぼすべて満たしています。
湯気が立ちのぼり、あたりは暖かい。岩組みや木の柵、塀の裏には無数の隙間がある。デッキの下、灯籠の内側、木部の継ぎ目——越冬場所の候補には事欠きません。
さらに夜間の照明が飛来を誘います。明かりに引き寄せられて飛んできた個体が、暖かい湯気に導かれて滞在し、そのまま湯面に落ちる。落ちた個体のにおいが、また別の個体を呼ぶ。

植栽があればなおさらです。周囲の樹木は、そもそもカメムシの生息場所そのものだからです。露天風呂に落ち葉や虫が入りやすい構造的な事情については、露天風呂のゴミや落ち葉|気になるときの対処法と施設の裏側を解説でも詳しく触れています。
施設側が実際にやっていること
では、現場では何をしているのか。できることと、できないことを率直に書きます。
網での掬い取りの頻度と、なぜ「常時ゼロ」にできないのか
もっとも基本的で、もっとも確実な対処が、網ですくうことです。
秋の繁忙期には、巡回の頻度を上げて対応します。ただ、ここに構造的な限界があります。すくった直後に、また新しい個体が飛んでくるのです。
スタッフが露天を見回って、湯面をきれいにして、内湯に戻る。その数分後には、もう浮いている。これが秋の日常です。露天風呂に常時スタッフを配置できる施設はまずありませんから、どうしても「見回りと見回りの間」が生まれます。
お客様からすれば「さっきすくったばかりなのに」と感じられるかもしれませんが、こちらも同じ気持ちで対応しています。

照明の配置・色を変える
飛来そのものを減らす工夫として有効なのが、照明です。
夜間、虫は明かりに引き寄せられます。そこで、浴槽の真上や湯面を直接照らす位置から照明を外したり、虫が寄りにくいとされる波長の照明に替えたりする対策がとられます。
ただし、浴室の照明には安全上の役割もあります。暗くしすぎれば足元が見えなくなり、転倒事故のリスクが上がります。 濡れた石やタイルの上を裸足で歩く空間ですから、明るさを削るにも限度があります。虫対策と安全確保のバランスを取りながら、落としどころを探ることになります。
浴室の視界と転倒リスクについては、温泉における換気の重要性とは?|カビ・サビ対策の材質、モヤによる視界不良と転倒リスクを現場スタッフが解説でも扱っています。
薬剤散布ができる場所とできない場所
ここが、一般のご家庭との決定的な違いです。
「殺虫剤を撒けばいいのでは」と思われるかもしれませんが、浴槽の周辺には薬剤を使えません。 理由は単純で、薬剤が浴槽水に混入する可能性があるからです。
浴槽水は、公衆浴場法に基づく条例で水質基準が定められ、残留塩素濃度やその他の項目を管理しています。そこへ想定外の化学物質が入れば、水質管理の前提が崩れます。日々の水質管理については温泉施設の水質管理は毎日何をしている?|残留塩素・pH・温度チェックの現場を公開をご覧ください。
薬剤が使えるのは、浴槽から十分に離れた場所や、風向きを考慮したうえでの限定的な範囲に限られます。機械室や倉庫、通用口まわりであれば対応できますが、肝心の湯船の周辺こそ、もっとも薬剤を使いにくい場所なのです。
カメムシ用の瞬間冷却スプレーを使って、カメムシを凍死させる方法もあります。この方法だと薬剤やカメムシの匂いが残りにくいので、現場ではこの対処が主流になっています。
このほか、越冬場所になりそうな隙間を物理的に塞ぐ、植栽を剪定して発生源を減らすといった地道な対策を積み重ねることになります。
設備面の実害:ろ過装置とヘアキャッチャー
見た目の問題だけではありません。カメムシは設備にも影響します。
虫体・落ち葉が集まるとどこが詰まるか
湯面に落ちた虫は、やがて沈みます。そして循環の流れに乗って吸い込み口へ向かい、集毛器(ヘアキャッチャー)に集まります。
集毛器は、髪の毛やゴミがろ過器やポンプに入らないよう手前で受け止めるカゴです。秋の露天風呂系統の集毛器を開けると、髪の毛に混じって虫と落ち葉がぎっしり——ということが実際に起こります。
本来は毎日の清掃と消毒が求められる場所ですが、秋はこの清掃の負担が明確に増えます。詳しくは温泉の集毛器(ヘアキャッチャー)とは?|毎日の洗浄が必要な理由と手順をご覧ください。
集毛器を通り抜けた細かい破片は、さらに奥のろ過器へ進みます。ろ材の目詰まりが早まれば、逆洗の頻度を上げる必要が出てきます。
循環量が落ちると何が起きるか
ここが本当の問題です。
集毛器やろ過器が詰まると、水が通りにくくなり循環量が落ちます。 循環量が落ちるということは、浴槽全体にお湯が回りにくくなるということ。つまり、ろ過も塩素も行き渡りにくくなります。
さらに、虫体そのものが有機物として塩素を消費します。落ち葉も同様です。投入している塩素量は変えていないのに、残留塩素が基準まで上がらない——秋にこの現象が起きたとき、まず疑うのが露天からの流入物です。この切り分けについては温泉施設で塩素が上がらない!|原因8つと現場の対処法を現場スタッフが解説で整理しています。
加えて、吸い込み側の抵抗が増えればポンプにも負担がかかります。温泉の吸い込み口と吐き出し口とは?|吸込事故とキャビテーションの危険性で解説しているキャビテーションの一因にもなり得ます。
つまり、湯面に浮いた1匹のカメムシは見た目の問題ですが、それが積み重なると水質管理そのものに関わってくるのです。状況によっては、予定外の換水を判断することもあります。
利用者の方へ:見つけたときの伝え方
浮いているカメムシを見つけたら、遠慮なくスタッフにお知らせください。
「いちいち言うのも気が引ける」と我慢される方がいらっしゃいますが、まったく気にする必要はありません。私たちも巡回していますが、広い露天をすべて同時に見ることはできません。教えていただくほうが、対応が確実に早くなります。
伝えていただくときは、「露天の奥の岩風呂に浮いています」のように場所が分かると助かります。すぐに網を持って向かえます。
ご自身で処理していただく必要はありませんし、素手で触るのもおすすめしません。次に説明するとおり、つぶしてしまうと事態が悪化します。
なお、虫に関するご指摘は正当なものですので、クレームだと構えずにお声がけください。施設としてどう受け止めているかは温泉施設のクレーム対応|現場で多い実例と施設側の考え方でも書いています。
つぶしてはいけない理由
これは声を大にしてお伝えしたい点です。カメムシは絶対につぶさないでください。
においが強烈で、簡単には取れない
カメムシは刺激を受けると、腹部にある臭腺からにおいを放ちます。クサギカメムシのにおいは国内でも最強クラスとされ、一度放たれると容易には消えません。
湯船の中でつぶれれば、そのにおいがお湯に広がります。手で触ってしまえば、においが肌に付着します。実際、山間部の宿泊施設では「風呂に入って悪臭が体に付く」という被害が報告されているほどです。
せっかくの温泉が台無しになってしまいますし、周囲のお客様にも影響します。
仲間を呼ぶ可能性もある
前述のとおり、カメムシのにおいは量によって働きが変わります。多量であれば危険を知らせて仲間を分散させますが、少量では仲間を呼び寄せる集合フェロモンとして作用するとされます。
つぶすという行為が、結果的に別の個体を招く可能性もあるわけです。
スタッフの側も同じ
私たちも、カメムシの処理には気を使います。網ですくうときも、できるだけ刺激しないよう静かに。つぶしてしまえば、その日の露天全体ににおいが残りかねません。
浮いているのを見つけたら、触らず、つぶさず、スタッフに任せる。これがいちばんです。
まとめ
秋の露天風呂にカメムシが現れるのは、越冬場所を探して移動するクサギカメムシなどの習性と、露天風呂まわりの環境が噛み合った結果です。湯気の暖かさ、岩や木部の隙間、夜間の照明、周囲の植栽——条件が揃いすぎています。
屋外である以上、飛来を完全に防ぐことはできません。施設側は巡回してすくい取り、照明を工夫し、隙間を塞ぎ、できる範囲で薬剤を使いますが、浴槽の周辺には薬剤が使えないという大きな制約があります。「常時ゼロ」にできないのは、手を抜いているからではなく構造上の問題です。
そして見た目の問題にとどまらず、集毛器やろ過器の詰まり、循環量の低下、塩素の消費と、水質管理にまで影響が及びます。秋の温浴施設にとって、カメムシは地味ですが確実な負荷なのです。
もし見つけたら、つぶさずにスタッフへ一声かけてください。その一言が、湯船の清潔さと、他のお客様の快適さを守ることにつながります。秋の露天風呂は本来、いちばん気持ちのいい季節です。小さな協力をいただけたら幸いです。
参考文献
- 厚生労働省「公衆浴場における衛生等管理要領等について」 https://www.mhlw.go.jp/topics/2001/0111/tp1106-1.html
- 厚生労働省「公衆浴場における衛生等管理要領等の改正について(令和元年9月19日)」 https://www.mhlw.go.jp/content/11130500/001354022.pdf
- 厚生労働省「入浴施設の衛生管理の手引き」
- 日本植物防疫協会「クサギカメムシ成虫による越冬集団の形成について」(植物防疫 第61巻第4号) https://jppa.or.jp/archive/pdf/61_04_30.pdf
- 各都道府県・市の公衆浴場法に基づく条例・衛生指導要綱








