初めて温泉に行くとき、「どうやって入ればいいんだろう」「何か決まりがあるのかな」と不安になる方は多いと思います。
温泉には、気持ちよく利用するためのマナーと、安全に入浴するための手順があります。しかもそのいくつかは、ただの慣習ではなく法令で定められた事項です。
施設で働いていると、マナーを知らずに戸惑っている方も、悪気なく違反している方も、どちらもよく見かけます。この記事では、現場の視点から温泉の入り方を順を追って解説します。
入浴前の準備
貴重品はロッカーへ
財布、スマートフォン、鍵などの貴重品は、必ず鍵付きロッカーに入れてください。脱衣所に置きっぱなしにするのは危険です。100円返却式のロッカーも、面倒がらずに施錠しましょう。
タオルは2枚使い分ける
多くの施設では、小さいタオルと大きいタオルの2枚を使います。小さいタオルは浴室へ持ち込み、体を洗ったり頭に乗せたりするためのもの。大きいタオルは体を拭くためのもので、脱衣所に置いておきます。
持ち物に迷ったら、温泉の持ち物リスト|お風呂セットの中身・タオル・アメニティを現場スタッフが解説も参考にしてください。
アクセサリーは外しておく
指輪やピアスは、入浴前にすべて外してロッカーへ。硫黄泉では銀が黒く変色しますし、浴室で落とすと循環の流れに乗って配管まで運ばれ、見つからないこともあります。詳しくは温泉にアクセサリーはつけたまま入っていい?|変色の理由と落とした時の対処法をご覧ください。
かけ湯と体を洗うこと
浴室に入ったら、いきなり浴槽へ向かわないでください。ここが最初の、そして最も大事なポイントです。
体を洗ってから入るのは法令事項
意外に知られていませんが、厚生労働省の「公衆浴場における衛生等管理要領」では、浴槽に入る前に石ケン等で身体をよく洗うよう入浴者へ注意喚起することが求められています。また、施設側は脱衣室などの見やすい場所で注意喚起を行うこととされています。
つまり「体を洗ってから入る」は単なるローカルルールではなく、公衆衛生を維持するために国の衛生管理指針でも推奨されている入浴マナーです。
なお、施設や地域によっては、先に軽く浸かってから洗う流儀のところもあります。迷ったら掲示を確認するか、スタッフに聞いてみてください。
かけ湯は足元から順に
かけ湯には2つの意味があります。体の汚れを流すことと、体を湯温に慣らすことです。
順番は、心臓から遠いところから。足先、ふくらはぎ、手、腕、腰、お腹、肩——という流れで、桶を使って数杯ずつかけていきます。
いきなり熱い湯に入ると血圧が急に動き、のぼせや立ちくらみの原因になります。寒い脱衣所から出てきた直後は、とくに丁寧にかけ湯をしてください。
髪はまとめる
髪が長い方は、ヘアゴムでまとめるかタオルで包んでください。湯船に髪が浮くのは、他の方にとって気持ちのよいものではありません。
浴槽での過ごし方
入浴時間は5〜10分を目安に
1回の入浴は、5分から10分程度で十分に体は温まります。
長く浸かりたい場合は、一度に長湯するより「5分入って休憩、また5分」という分割浴にするほうが、体への負担が少なく疲れにくくなります。温泉で逆に疲れてしまう理由は、温泉で疲れる理由とは?|体が疲労する原因と対処法で解説しています。
湯温は40度前後から
初めての方や体調に不安がある方は、40度前後のぬるめから始めるのが無難です。42度を超える熱い湯は短時間でものぼせやすく、体への負担も大きくなります。
肩まで浸かる全身浴に対して、みぞおち辺りまでの半身浴は心臓への負担が軽くなります。高齢の方や、心臓に不安のある方は半身浴から試してみてください。
タオルを湯船に入れない
小さいタオルを湯船に浸けるのは、代表的なマナー違反です。頭の上に乗せるか、浴槽の縁に置いてください。
これは見た目の問題だけではありません。布の繊維は湯を汚し、ろ過設備にも負担をかけます。浴槽の湯がどう循環しているかは、温泉のろ過と逆洗って何?|お湯をきれいに保つ仕組みを現場スタッフが解説をご覧いただくと、なぜ異物を入れてほしくないのかが伝わると思います。
静かに入り、泳がない
浴槽には静かに、ゆっくり入ります。飛び込めば湯が飛び散りますし、浴槽の底は滑るので転倒の危険もあります。
泳いだり潜ったりするのも避けてください。とくにお子さん連れの場合は、目を離さないようにお願いします。詳しくは温泉での子どものマナー|夏休みの温泉で親が気をつけたいことをどうぞ。
浴槽の中や近くで髭剃り・歯磨きをしない
これらは洗い場で行ってください。浴槽内や縁での作業は不衛生であり、刃物を扱う危険もあります。
上がるとき
ゆっくり立ち上がる
浴槽から出るときは、急に立ち上がらないでください。入浴中は血管が広がって血圧が下がっているため、勢いよく立つと脳への血流が足りなくなり、立ちくらみを起こすことがあります。
いったん浴槽の縁に腰かけ、数秒おいてから立つ。これだけでかなり違います。濡れた床での転倒は大きなけがにつながるので、ここは慎重に。のぼせの症状と対処は温泉でのぼせるとは?|症状・原因・予防法と湯あたりとの違いにまとめています。
上がり湯をするかは泉質しだい
上がり湯とは、最後に真水のシャワーで体を流すことです。するかしないかは泉質によって変わります。
刺激の強い硫黄泉や酸性泉は、洗い流したほうが肌にやさしいとされます。反対に塩化物泉は、塩分を肌に残したほうが保温感が続きます。刺激の少ない単純温泉は、どちらでも構いません。
肌の状態には個人差があるので、ヒリつきを感じたら流す、と覚えておけば大丈夫です。
体を拭いてから脱衣所へ
浴室を出る前に、タオルで水気を拭き取ってください。びしょ濡れのまま出ると脱衣所の床が濡れ、次の人が滑る原因になります。髪も軽く絞ってから出ましょう。
入浴後のケア
水分補給
入浴中は自覚がなくても汗をかいています。上がったら、コップ1〜2杯を目安に水分をとってください。
休憩をとる
すぐに着替えて動き出すより、10〜15分は休んで体温が落ち着くのを待つほうが、疲れが残りません。湯上がりの過ごし方は温泉のお風呂上がり、何して過ごす?|休憩処の楽しみ方を現場スタッフが紹介も参考に。
保湿
温泉の後は肌が乾燥しやすい状態です。とくにアルカリ性の湯や硫黄泉に入った後は、化粧水やボディクリームでの保湿を忘れずに。肌が荒れやすい方は温泉で肌が荒れる人がやりがちなミス|敏感肌を守る正しい入浴法とケアをご覧ください。
施設内でのマナー
スマホの持ち込みは禁止
脱衣所や浴室でのスマートフォンの使用・撮影は、原則として禁止されています。多くの施設では持ち込み自体を認めていません。
「自分を撮るだけ」でも、周囲の方は不安になります。実際に盗撮を疑われて通報に至った事例もあります。詳しくは温泉施設での盗撮は犯罪です|発見時の対応と施設の防止策を現場スタッフが解説をご覧ください。
スマホ以外にも、浴室へ持ち込めないものがあります。温泉の浴室に持ち込んではいけない物とは?|スマホ・本・飲食物がダメな理由にまとめています。
洗い場を独占しない
混雑時に、お風呂セットを置いたまま場所取りをしたり、長時間シャンプーを続けたりすると、他の方が使えません。使い終わったら桶と椅子を軽く流して、次の方に譲る配慮をお願いします。
シャワーの湯が隣に飛ぶのも、トラブルのきっかけになりやすい行為です。角度に気をつけてください。
脱衣所でも静かに
ドライヤーや洗面台の長時間の占有は避け、大声での会話も控えめに。脱衣所でのスマホ使用は、現場でもっとも多く見かけるマナー違反です。
マナー違反が重なると、出入りをお断りすることもあります。その行動、温泉出禁になるかも?|現場スタッフが見た実例もあわせてどうぞ。
初心者によくある疑問
何回入ればいい?
決まりはありませんが、1日2〜3回程度が無難です。朝と夕方など、間隔を空けて入ると負担が少なくなります。
メガネはどうする?
ロッカーに置いていくのが基本です。浴室では湯気で曇って役に立ちませんし、落として割れると危険です。視力に不安がある方は、足元を確認しながらゆっくり移動してください。
生理中は?
施設によって対応が異なります。利用を控える方も多く、不安な場合は避けるか、事前に施設へ確認するのが確実です。
タトゥーがあるときは?
多くの施設では入浴をお断りしています。シールで覆えば可、サイズによる、全面的に可と、方針はさまざまです。事前に電話や公式サイトで確認してください。背景については温泉でタトゥーはなぜダメ?|現場スタッフが見てきた理由と最近の変化で解説しています。
何歳まで一緒に入れる?
衛生等管理要領では、おおむね7歳以上の男女を混浴させないこととされています。実際の年齢は自治体の条例で定められており、近年は引き下げる動きもあります。お子さん連れの方は、訪問先のルールを確認しておくと安心です。
避けたほうがいい入り方
ここは安全に関わる部分なので、しっかりお伝えします。
飲酒後の入浴は避けてください。アルコールで血圧が下がっているところへ入浴が重なると、意識を失うおそれがあります。消費者庁も、入浴事故を防ぐポイントとして飲酒後の入浴を避けるよう示しています。館内で飲む場合は、入浴を先に済ませるのが確実です。
食後すぐの入浴も控えめに。消化のために胃腸へ集まっている血液が分散し、消化不良を起こすことがあります。30分から1時間は空けましょう。
体調が悪い日は無理をしないこと。発熱、寝不足、強い疲労があるときは、入浴そのものが体力を消耗させます。
薬を飲んだ直後も注意が必要です。眠気が出る薬を服用している場合、のぼせや転倒のリスクが上がります。
これらを含めた危険な行動は、温泉・サウナのNG行動10選|危険度別に現場スタッフが解説で危険度別に整理しています。入浴中に気分が悪くなったときの見分け方は温泉に入ったら気分が悪くなった|湯あたり・のぼせ・熱中症の見分け方を現場スタッフが解説をご覧ください。
なお、持病のある方や治療中の方は、入浴の可否について事前に主治医へ確認しておくと安心です。体への反応には個人差があり、気になる症状があるときは医療機関にご相談ください。
現場で見るマナー違反
施設で働いていて、実際によく見かけるものを挙げておきます。
タオルを湯船に入れる。かけ湯をせずに浴槽へ向かう。洗い場を道具で占領したまま離れる。そして脱衣所でのスマホ使用——これが件数としては最多です。ドライヤーを使いながら画面を見ている方を、毎日のように見かけます。
どれも悪意があってのことではなく、知らなかったり、つい癖で、というものがほとんどです。だからこそ、知っていただくことに意味があると思っています。
もっと温泉を楽しむために
入り方が分かってきたら、お湯そのものにも目を向けてみてください。
同じ温度でも、泉質によって肌ざわりはまるで違います。ツルツルする湯、キシキシする湯、ピリピリする湯——その理由は温泉の浴感とは?で解説しています。
脱衣所に貼ってある温泉分析書を読めるようになると、楽しみはさらに広がります。温泉成分表示の見方と温泉成分の種類一覧をどうぞ。
サウナもあわせて楽しみたい方は、サウナの正しい入り方へ進んでください。
まとめ
温泉の入り方で押さえるべきことは、それほど多くありません。
貴重品はロッカーへ。かけ湯をして体を洗ってから浴槽へ——これは法令でも求められている事項です。タオルは湯に入れず、髪はまとめる。5〜10分を目安に、長湯したいなら分割して。上がるときはゆっくり立ち上がり、水分をとって休憩する。
そして、飲酒後と食後すぐは避ける。体調が悪い日は見送る。
慣れてしまえば、どれも自然にできることばかりです。マナーは誰かに強制されるものというより、自分と周りが気持ちよく過ごすための段取りだと考えると、気が楽になるかもしれません。
初めての温泉でも、この順番どおりに動けば大丈夫です。安心して、ゆっくり楽しんでください。
参考文献
- 厚生労働省「公衆浴場における衛生等管理要領等について」 https://www.mhlw.go.jp/topics/2001/0111/tp1106-1.html
- 厚生労働省「公衆浴場における衛生等管理要領等の改正について(令和元年9月19日)」 https://www.mhlw.go.jp/content/11130500/001402024.pdf
- 環境省「あんしん・あんぜんな温泉利用のいろは」 https://www.env.go.jp/content/900492872.pdf
- 消費者庁「冬季に多発する高齢者の入浴中の事故に御注意ください!」 https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_safety/caution/caution_042
- 政府広報オンライン「交通事故死の約3倍?!冬の入浴中の事故に要注意!」 https://www.gov-online.go.jp/article/202111/entry-9952.html
- 厚生労働省 e-ヘルスネット(生活習慣病予防・健康情報サイト) https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/
- 各都道府県・市の公衆浴場法に基づく条例(混浴制限年齢等は自治体により異なります)
- 一般社団法人 日本温泉気候物理医学会「温泉療法のイ・ロ・ハ」 https://www.onki.jp/ ※かけ湯の順番(末端から心臓へ)、分割浴の推奨、1回の入浴時間5〜10分の目安
- 厚生労働省 e-ヘルスネット「入浴と健康」 https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/ ※入浴時の血圧変動メカニズム、半身浴と全身浴の心臓への負担の違い
- 環境省「鉱泉分析法指針(改訂)」
※泉質分類(硫黄泉・塩化物泉・単純温泉・酸性泉など)の定義と適応症・禁忌症 - 日本温泉科学会「温泉科学」各号 https://www.j-hss.org/ ※各泉質の皮膚への作用(アルカリ性泉の角質軟化、塩化物泉の保温効果など)
- 公益社団法人 日本サウナ・スパ協会 https://www.sauna.or.jp/ ※公衆浴場での基本マナー(かけ湯、タオルを浴槽に入れない、体を洗ってから入る等)
- 厚生労働省 e-ヘルスネット「アルコールと循環器疾患」 https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/ ※飲酒による血管拡張・血圧低下と、入浴時の追加的な循環器負荷
- 観光庁「入れ墨(タトゥー)がある外国人旅行者の入浴に際し留意すべきポイントと対応事例」(平成27年)
※温泉施設におけるタトゥー対応の通知













