「タトゥーがあるんですけど、入れますか?」
温泉施設のフロントや電話で、この質問を受けない日はほとんどありません。
日本の温泉施設の多くは、タトゥー(入れ墨)のある方の入浴をお断りしています。海外からの旅行者が増えた今、この問題は施設側にとっても利用者にとっても、ますます避けられないテーマになっています。
なぜダメなのか。法律で決まっているのか。最近は変わってきているのか。現場で働くスタッフの視点から、率直にお伝えします。
タトゥーお断りは法律で決まっているのか
結論から言うと、タトゥーのある方の入浴を禁止する法律はありません。
温泉法にも、公衆浴場法にも、「タトゥーがある人を入浴させてはいけない」という条文は存在しません。つまり、タトゥーお断りはあくまで各施設の判断によるルールです。
しかしながらタトゥー禁止のルールがある施設でタトゥーがあるお客様が入浴していると、退店を求められます。最悪の場合、出入り禁止措置を取られることもあります。
逆に言えば、タトゥーOKにするのも施設の自由です。法的な義務ではなく、施設ごとの方針なのです。
なぜ多くの施設がお断りしているのか
法律で決まっていないのに、なぜこれほど多くの施設がタトゥーNGなのか。理由はいくつかあります。
反社会的勢力の排除が出発点
歴史的な経緯をたどると、入れ墨を禁止するルールの多くは反社会的勢力(暴力団)の利用を排除するために設けられたものです。
かつて、温泉施設やスーパー銭湯で暴力団関係者とのトラブルが社会問題になった時期がありました。入れ墨は暴力団の象徴として認知されていたため、「入れ墨お断り」は事実上の「暴力団お断り」として機能していたのです。
他のお客様への配慮
現場で働いていると実感しますが、タトゥーを見て不快感や恐怖を感じるお客様は、まだ一定数いらっしゃいます。
特にご高齢の方や小さなお子さん連れのご家族から、「タトゥーのある方がいて怖かった」というご意見をいただくことがあります。施設としては、すべてのお客様が安心して入浴できる環境を維持する責任があり、その判断の結果がタトゥーNGのルールになっています。
クレーム対応のコスト
仮にタトゥーOKにした場合、「タトゥーの人がいるなんて聞いていない」というクレームが発生する可能性があります。
逆にタトゥーNGにしていれば、「タトゥーがあるから入れなかった」という不満はあっても、他のお客様からのクレームは防げます。施設運営上、クレームリスクの低い方を選ぶという現実的な判断もあるのです。
ファッションタトゥーと入れ墨の区別はできるのか
「ワンポイントのおしゃれなタトゥーと、暴力団の入れ墨を一緒にしないでほしい」
この意見は、現場でもよく耳にします。もっともな意見だと思います。
しかし現実問題として、スタッフが入浴前にタトゥーのデザインや大きさを個別に審査して「これはOK、これはNG」と判断するのは極めて難しいです。
どこまでがファッションタトゥーで、どこからが入れ墨なのか。小さいタトゥーなら何センチまでOKなのか。基準を設けるほど、グレーゾーンが増えてトラブルの元になります。
そのため多くの施設では、大小を問わずタトゥー全般をNGとする一律ルールを採用しています。「不公平だ」と感じる方もいると思いますが、現場運営の現実として一律ルールが最も混乱が少ないのです。
タトゥーシールやカバーで隠せば入れる?
施設によって対応が異なります。
タトゥーカバーシールOKの施設
最近は、防水のタトゥーカバーシール(肌色のシールでタトゥーを覆うもの)を貼っていれば入浴OKという施設が増えてきています。
フロントでカバーシールを販売している施設もあり、利用者に選択肢を提供する方向に動いている施設は確実に増えています。


それでもNGの施設
一方で、カバーシールを貼っていても一切NGという施設もあります。理由としては、シールが剥がれるリスクや、「隠せばOK」という前例を作りたくないという方針です。
事前に施設のウェブサイトや電話で確認するのが確実です。
最近の変化——タトゥーOKの流れ
近年、タトゥーに対する施設の方針は少しずつ変化しています。
訪日外国人の増加
海外では、タトゥーはファッションや文化の一部として広く受け入れられています。訪日外国人が増えるにつれ、タトゥーNGのルールが日本の温泉文化への参入障壁になっているという指摘が増えました。
観光庁は2016年(平成28年)3月に、タトゥーのある外国人旅行者への対応として、シールで覆う、入浴時間を分ける、貸切風呂を案内するといった工夫を例示し、関係業界に周知を行っています。
タトゥーOKの施設も増加中
都市部のスーパー銭湯や、外国人利用者が多い観光地の温泉では、タトゥーOKを明示する施設が増えてきています。
「タトゥーフレンドリー」を売りにすることで、これまで温泉を諦めていた層を新たな顧客として取り込む戦略でもあります。
貸切風呂という選択肢
タトゥーNGの施設でも、貸切風呂(家族風呂)であればタトゥーのある方でも利用できるケースが多いです。他のお客様の目を気にせず入浴できるため、タトゥーのある方には有力な選択肢です。
現場スタッフの本音
正直に言うと、現場のスタッフとしてはタトゥーの対応は気を使う業務の一つです。
入口でのチェックが難しい
タトゥーは衣服で隠れている部分にある場合も多く、フロントの時点では確認できないことがあります。脱衣所や浴室で他のお客様やスタッフが発見し、お声がけすることになりますが、すでに服を脱いだ後にお断りするのは、ご本人にとっても非常に気まずい状況です。
お断りする側もつらい
「タトゥーがあるのでご利用いただけません」と伝えるのは、スタッフにとってもストレスです。特に、海外からの旅行者で、楽しみにして来てくださった方にお断りするのは心苦しいものがあります。
言葉の壁がある場合はさらに困難で、多言語の案内掲示やピクトグラムを用意している施設もあります。
施設のルールに従うのがスタッフの立場
個人的にはタトゥーOKでもいいのではと思うスタッフもいれば、やはりNGが妥当だと考えるスタッフもいます。いずれにせよ、現場のスタッフは施設が決めたルールに従って対応しています。
ルールに不満がある場合は、スタッフに怒りをぶつけるのではなく、施設の意見箱やウェブサイトを通じてフィードバックしていただけると助かります。
タトゥーのある方が温泉を楽しむには
タトゥーがあっても温泉を楽しむ方法はあります。
事前に施設のルールを確認する
施設のウェブサイトや電話で、タトゥーに関するルールを事前に確認しましょう。最近は「タトゥーOK」を公式サイトに明記している施設も増えています。
タトゥーカバーシールを準備する
防水タイプのカバーシールは、ドラッグストアやネット通販で購入できます。カバーシールOKの施設であれば、貼った上で入浴可能です。
貸切風呂を利用する
タトゥーNGの施設でも、貸切風呂であれば利用できることが多いです。事前に予約して確認しましょう。
タトゥーOKの施設を探す
検索サイトや温泉情報アプリで「タトゥーOK」で絞り込み検索ができるものもあります。事前にリサーチしておくと安心です。
まとめ
タトゥーお断りは法律上の義務ではなく、各施設の自主的なルールです。
その背景には、反社会的勢力の排除、他のお客様への配慮、クレームリスクの管理という現場の事情があります。「ファッションタトゥーと入れ墨を区別してほしい」という声は理解できますが、一律ルールが運営上最も混乱が少ないという現実もあります。
一方で、時代は少しずつ変わってきています。カバーシールOKの施設、タトゥーフレンドリーを打ち出す施設、貸切風呂の選択肢——タトゥーのある方が温泉を楽しめる道は確実に広がっています。
大切なのは、利用する前に施設のルールを確認すること。そして、ルールに納得できない場合は、スタッフではなく施設の運営元にフィードバックすることです。
温泉は本来、誰もがリラックスできる場所です。ルールを理解し、お互いに配慮することで、すべての人が気持ちよく入浴できる環境が少しずつ整っていくのだと、現場にいて感じています。
【参考文献】
・観光庁「入れ墨(タトゥー)がある外国人旅行者の入浴に際し留意すべきポイントと対応事例」(平成28年3月) https://www.pref.shizuoka.jp/kenkofukushi/eiseiyakuji/eiseionsen/1040424/1025054.html
・厚生労働省「入れ墨(タトゥー)がある外国人旅行者の入浴に関する対応について」(平成28年3月18日付け事務連絡) https://www.mhlw.go.jp/content/001165667.pdf
・観光庁「旅館Q&A」(タトゥー・刺青を有する旅行者への対応) https://www.mlit.go.jp/kankocho/ryokan/list_ja-6.html




