「あの人、スマホを持って浴室に入っていったんですけど……」
お客様からのこの報告を受けたとき、スタッフは即座に動きます。
温泉施設での盗撮は、被害者の尊厳を深く傷つける卑劣な犯罪行為です。そして、現場で働いていると、残念ながらこの問題は「まれなケース」ではなく、常に警戒しなければならないリスクであることを痛感します。
スマートフォンの小型化・高性能化に伴い、盗撮の手口は年々巧妙になっています。温泉施設はお客様が裸になる空間であるがゆえに、盗撮犯にとって「ターゲット」になりやすい場所です。
この記事では、温泉施設での盗撮の実態、発見時の対応、警察への通報、出入り禁止措置、そして施設が行っている防止策について、現場スタッフの視点からお伝えします。
盗撮は犯罪——法律上の位置づけ
撮影罪(性的姿態等撮影罪)
2023年7月に施行された「性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律」(通称:撮影罪)により、温泉施設での盗撮は明確に犯罪として処罰されるようになりました。
正当な理由なく、人の性的な姿態を撮影する行為は、3年以下の拘禁刑または300万円以下の罰金に処されます。撮影だけでなく、撮影目的でカメラを向ける行為(未遂)も処罰の対象です。
この法律が施行される以前は、各都道府県の迷惑防止条例で対応していましたが、自治体ごとに罰則の内容が異なるという問題がありました。撮影罪の新設により、全国一律の基準で厳しく処罰されるようになっています。
建造物侵入罪が適用される場合も
盗撮目的で温泉施設に入館すること自体が、刑法130条の建造物侵入罪に該当する可能性があります。「正当な利用目的」ではなく「盗撮目的」での入館は、施設管理者の意思に反する立ち入りと判断されるためです。
データの提供・保存も犯罪
撮影罪では、盗撮した画像や動画を他人に提供する行為、インターネット上にアップロードする行為も処罰の対象です。さらに、撮影データを保存し続けること自体も問題となりえます。
温泉施設で実際にある盗撮の手口
現場で把握している盗撮の手口をお伝えします。手口を公開するのは模倣を助長するリスクもありますが、利用者の方に「こういう行為に注意してほしい」という啓発の意味で記載します。
スマートフォンの持ち込み
最も多いパターンです。スマートフォンを脱衣所や浴室に持ち込み、撮影する手口です。「時間を確認するため」「音楽を聴くため」などの口実で持ち込むケースがあります。
小型カメラの設置
ロッカー内、脱衣所の棚、シャンプーボトルの裏、タオル掛けの隙間など、目につきにくい場所に小型カメラを設置するケースです。最近の小型カメラは非常に小さく、一見しただけでは気づかないほどです。
スマートウォッチ・ウェアラブル端末
スマートウォッチなどのウェアラブル端末にカメラ機能が付いているものがあり、腕につけたまま浴室に入る手口もあります。
発見時の施設側の対応
盗撮が疑われる行為を発見した場合、施設スタッフは以下の手順で対応します。
①声かけと事実確認
浴室や脱衣所でスマートフォンを使用している方を見かけたら、まずスタッフが声をかけます。
「恐れ入りますが、浴室内での携帯電話のご使用はご遠慮いただいております」——この段階では、盗撮と断定するのではなく、ルール違反としてお声がけします。単に時間を確認しようとしていただけかもしれないからです。
しかし、明らかにカメラを他のお客様に向けている、不自然な角度でスマートフォンを持っている、脱衣所の棚に不審な物体が設置されている——こうした状況であれば、盗撮の疑いが強いと判断します。
②当事者の確保と別室への誘導
盗撮の疑いが強い場合、当事者に「確認したいことがありますので、別室にお越しいただけますか」と声をかけ、事務室やスタッフルームに誘導します。
この際、絶対にやってはいけないのが、当事者のスマートフォンや端末を無断で確認することです。たとえ盗撮の疑いがあっても、スタッフがお客様の端末を勝手に操作・閲覧することは違法になりえます。端末の確認は警察に委ねます。
当事者が立ち去ろうとした場合、物理的に拘束することは避けます。外見的特徴(服装、体格、年齢層など)を記録し、防犯カメラの映像を保全した上で、警察に情報を提供します。
③警察への通報
盗撮の疑いが強い場合は、ためらわずに警察(110番)に通報します。
「盗撮の疑いがあるお客様を確保しています」「盗撮と思われる行為を目撃しました」——このように伝えれば、警察が現場に急行してくれます。
通報をためらう施設もあるかもしれません。「大事にしたくない」「風評被害が怖い」という心理は理解できます。しかし、盗撮は犯罪です。被害者の人権を守るためにも、警察への通報は施設の責務です。
④被害者への配慮
盗撮の被害に遭われた可能性のあるお客様がいる場合、最大限の配慮が必要です。
被害者が特定できる場合は、プライバシーに十分配慮した上でお声がけし、状況を説明します。警察への被害届の提出を希望されるかどうかを確認し、希望される場合はサポートします。
被害者が特定できない場合でも、「不審な行為があったため対応しました」という旨を、必要に応じて利用者にお知らせすることがあります。
⑤防犯カメラ映像の保全
フロント、ロビー、廊下などに設置された防犯カメラの映像は、警察の捜査において重要な証拠になります。該当する時間帯の映像を上書きされないよう保全し、警察に提供します。
なお、浴室・脱衣所内には防犯カメラは設置されていません。これはプライバシー保護の観点から当然のことですが、盗撮の証拠を施設側のカメラで直接捉えることができないという難しさにもつながっています。
出入り禁止措置
盗撮行為が確認された場合、施設は出入り禁止(出禁)措置を取ります。
即刻出禁——段階的対応の例外
通常のマナー違反やカスタマーハラスメントの場合は、口頭注意→厳重注意→出入り禁止という段階的な対応を取ることが多いです。しかし、盗撮は犯罪行為であり、1回で即刻出入り禁止です。段階的な対応は行いません。
出禁の通知と記録
当事者に対して、出入り禁止の旨を口頭で通知します。施設によっては書面でも通知します。
当事者の外見的特徴、発生日時、行為の内容、対応したスタッフ名を記録し、全スタッフに共有します。再来館を試みた場合にフロントで識別できるようにするためです。
系列施設がある場合は、系列全店での出入り禁止とすることもあります。
再来館の防止
出禁を通知しても、名前を変えて再来館を試みるケースがあります。フロントスタッフが顔を記憶しておくことが基本ですが、限界があります。
防犯カメラのフロント映像と照合する、会員制であれば会員資格を停止するなど、施設の仕組みでカバーする方法もあります。
施設が行っている盗撮防止策
スマートフォン・カメラの持ち込み禁止
多くの温泉施設では、脱衣所・浴室へのスマートフォン・カメラ類の持ち込みを禁止しています。入口や脱衣所に「撮影禁止」「スマートフォン持ち込み禁止」の掲示を行い、利用者に周知します。
ただし、持ち込み禁止のルールがあっても、ポケットやカバンの中にスマートフォンを入れて持ち込むことを完全に防ぐのは困難です。ルールの周知と、スタッフの巡回による抑止の両方が必要です。
スタッフの巡回
浴室・脱衣所のスタッフ巡回は、清掃目的だけでなく、盗撮行為の抑止・発見も兼ねています。スタッフの目があること自体が、盗撮を企てる者への強い抑止力になります。
防犯カメラの設置(脱衣室・浴室外)
フロント、ロビー、廊下、エントランスなどに防犯カメラを設置しています。浴室・脱衣所内には設置できませんが、施設への出入りを記録することで、事後の犯人特定に役立ちます。

掲示による抑止
「盗撮は犯罪です」「発見した場合は警察に通報します」という掲示は、盗撮を企てる者に対して心理的な抑止効果があります。法律が変わり罰則が厳しくなったことを具体的に記載した掲示は、特に効果的です。
ロッカーキーの工夫
一部の施設では、ロッカーキーにスマートフォン収納ポーチを付属させ、「スマートフォンはロッカーに入れてください」と案内しています。利用者が自然とスマートフォンをロッカーにしまう導線を作ることで、持ち込みを減らす工夫です。
お客様にお願いしたいこと
不審な行為を見かけたらスタッフに報告を
浴室や脱衣所でスマートフォンを操作している人、不自然な角度で何かを構えている人、挙動が不審な人を見かけたら、スタッフに報告してください。
「勘違いだったら申し訳ない」と遠慮する方もいますが、報告していただいて結果的に問題がなかったとしても、スタッフは感謝こそすれ迷惑には感じません。お客様からの情報が、被害を未然に防ぐ最大の力になります。
ご自身で直接相手に注意するのは、トラブルに巻き込まれるリスクがあるため避けてください。スタッフに任せていただくのが安全です。
スマートフォンは脱衣所で操作しない
盗撮の意図がなくても、脱衣所でスマートフォンを操作していると、周囲のお客様に不安を与えます。時間の確認であれば、脱衣所の時計や壁掛けの時計を利用してください。
ロッカーにスマートフォンをしまってから入浴する。これだけで、ご自身が疑われるリスクも、周囲のお客様の不安もなくなります。
小型カメラらしきものを発見したら
ロッカーの中、棚の上、壁の隙間などに不審な小型の機器を見つけた場合は、触らずにそのままスタッフに報告してください。触ってしまうと指紋などの証拠が失われる可能性があります。
盗撮被害に遭ってしまった場合
まずスタッフに伝える
盗撮されたかもしれないと感じたら、すぐにスタッフに伝えてください。時間が経つほど、加害者が立ち去ったり、データを消去したりするリスクが高まります。
警察への被害届
盗撮は親告罪ではないため、被害届がなくても警察は捜査できます。しかし、被害届を提出することで、捜査がより迅速かつ確実に進む可能性があります。
被害届の提出に不安がある場合は、警察相談専用ダイヤル(#9110)に相談することもできます。
証拠の保全
盗撮の瞬間を目撃した場合は、発生時刻と場所、加害者の特徴(服装、体格、年齢層、持ち物)をできるだけ具体的に記録しておいてください。スタッフや警察への説明がスムーズになります。
まとめ
温泉施設での盗撮は、2023年施行の撮影罪により、3年以下の拘禁刑または300万円以下の罰金という厳しい罰則で処罰される犯罪です。撮影だけでなく、カメラを向ける未遂行為や、データの提供・保存も処罰対象です。
施設側は、盗撮の疑いがある場合、声かけ→別室への誘導→警察への通報→被害者への配慮→防犯カメラ映像の保全という手順で対応します。当事者の端末を無断で確認することは違法になりえるため、端末の確認は警察に委ねます。
盗撮行為が確認された場合は、即刻出入り禁止措置を取ります。段階的な注意は行いません。犯罪行為に対しては一発退場です。
施設の防止策としては、スマートフォン持ち込み禁止の周知、スタッフの巡回、防犯カメラ(浴室外)、抑止効果のある掲示を実施しています。しかし、施設側の対策だけでは限界があります。お客様からの「不審な行為を見かけた」という報告が、被害を防ぐ最大の力です。
温泉は、誰もが安心して裸になれる場所でなければなりません。その安心を脅かす盗撮行為に対して、施設は毅然と対応します。そして、利用者の皆さまにも「スマートフォンはロッカーに」「不審な行為は迷わず報告」というご協力をお願いしたいと思います。
【参考文献】
撮影罪(性的姿態等撮影罪):
- 法務省「性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律」(令和5年法律第67号、2023年7月13日施行) https://www.moj.go.jp/keiji1/keiji12_00200.html ※撮影罪の構成要件(正当な理由なく性的な姿態を撮影する行為)、罰則(3年以下の拘禁刑または300万円以下の罰金)、未遂処罰規定、提供罪・保管罪の規定
建造物侵入罪:
- 刑法第130条(住居侵入等) ※盗撮目的での施設入館が「管理者の意思に反する立ち入り」として建造物侵入罪に該当しうる根拠
迷惑防止条例(撮影罪施行以前の根拠法):
- 各都道府県迷惑防止条例 ※撮影罪施行以前は、盗撮行為は各都道府県の迷惑防止条例で処罰されていた。自治体ごとに罰則が異なっていた経緯
施設管理権に基づく出入り禁止:
- 民法第206条(所有権の内容) ※施設管理者が利用規約に基づき特定の利用者の入館を拒否する権利の法的根拠
警察への通報・被害届:
- 警察庁「犯罪被害者支援」 https://www.npa.go.jp/higaisya/ ※被害届の提出手続き、警察相談専用ダイヤル(#9110)の案内
- 撮影罪は非親告罪 ※被害届の提出がなくても捜査・起訴が可能である根拠は、上記法律の条文構成による(親告罪とする旨の規定がない)
盗撮の実態・手口:
- 警察庁「令和5年における犯罪情勢」 https://www.npa.go.jp/ ※盗撮事犯の検挙件数の推移、撮影場所別の統計(公衆浴場・更衣室を含む)
- 警視庁「盗撮は犯罪です」啓発資料 https://www.keishicho.metro.tokyo.lg.jp/ ※盗撮の手口(小型カメラ、スマートフォン、ウェアラブル端末)、盗撮を発見した場合の対応
証拠の取り扱い(端末の無断確認の違法性):
- 刑事訴訟法第218条(令状による差押え・捜索・検証) ※他人のスマートフォンの内容を確認する行為は、令状に基づく捜査機関のみが行えるのが原則。施設スタッフが無断で端末を確認することは、プライバシー侵害や不正アクセス禁止法に抵触するリスクがある
防犯カメラの設置とプライバシー:
- 個人情報保護委員会「カメラ画像利活用ガイドブック」 https://www.ppc.go.jp/ ※防犯カメラの設置・運用に関するガイドライン。浴室・脱衣所への防犯カメラ設置がプライバシー侵害に該当する根拠




