毎日塩素を測って、基準どおりに保っている。週に一度は換水して、ろ過器も逆洗している。配管の消毒もやっている。
それなのに、レジオネラ属菌が検出されてしまう。
こういうとき、原因が浴槽の「見えない隙間」にあることがあります。タイルの浮き、目地の欠け、岩組みのひび割れ、木部の腐り——そこにできた隙間に水が溜まり、動かないまま菌の温床になる。この滞留した水を、現場では「死水(しすい)〔滞留水〕」と呼びます。
この記事では、死水がなぜ危険なのか、どこに発生するのか、そして毎日の点検で何を見ればいいのかを、現場の視点から解説します。
死水とは何か
死水とは、循環の流れから外れて、動かないまま滞留している水のことです。公的な文書では「滞留水」、配管の行き止まり部分は「デッドレグ」とも呼ばれます。
循環式の浴槽では、お湯が吸い込み口から吸われ、ろ過と消毒を経て吐き出し口から戻ってきます。この流れに乗っている水は、常に入れ替わり、塩素も行き渡ります。
ところが、タイルの割れ目や岩の隙間に入り込んだ水は、この流れに参加できません。入り込んだきり、出ていかない。塩素も新しい水も届かない。そこが死水です。
なぜ死水がレジオネラの温床になるのか
レジオネラ属菌が増殖する条件は、おおまかに3つあります。
適した水温(おおむね20〜50度)、栄養となる有機物、そして水が動かないことです。
浴槽の隙間は、この3つがすべて揃った場所です。湯温はちょうど菌が好む範囲にあり、入浴者から出た垢や皮脂が流れ込んで栄養になり、そして水はまったく動かない。
消毒が届かないという決定的な問題
ここが、死水のもっとも厄介な点です。
隙間の内部には、生物膜(バイオフィルム)が形成されます。生物膜はぬめりの正体で、その内側にいる菌は塩素から守られてしまいます。
そして隙間の奥深くには、そもそも塩素が到達しません。配管洗浄で高濃度の塩素を循環させても、流れが届かない場所には効果が及ばないのです。「消毒しているのに菌が出る」という状況は、こうして生まれます。
生物膜については浴槽のヌメリ対策、レジオネラ属菌そのものについては温泉の「レジオネラ菌」って何が危険?をあわせてご覧ください。
水質検査の数値では見えない
もうひとつ怖いのは、死水の存在が日常の測定に表れにくいことです。
浴槽水の残留塩素を測っても、流れている部分の数値しか分かりません。隙間の内部がどうなっているかは、水を汲んでも見えません。数値は正常なのに、浴槽の中には菌の供給源がある——これが起こり得ます。
レジオネラ属菌が検出されたとき、換水や配管洗浄を繰り返しても改善しない場合、構造側を疑う必要があります。
死水はどこにできるのか
現場で注意して見ている場所を挙げます。
タイルの浮き
もっとも代表的なのがこれです。目地が痩せてタイルが浮くと、タイルと下地の間に水が入り込みます。
そして一度入った水は出ていきません。浮いたタイルを剥がしてみると、下にスライム状の堆積物がびっしり——という話は、設備業者からもよく聞きます。表面はきれいに見えても、その数ミリ下が汚染されているわけです。

目地の欠け・割れ
目地が欠けると、そこが水の入り口になります。小さな欠けでも、奥に空洞があれば水は吸い込まれていきます。

岩組みの隙間とモルタルの剥がれ
露天風呂でとくに多いのがこれです。天然石を積んだ浴槽では、石と石の間をモルタルで埋めていますが、経年でこれが剥がれ、奥深い穴になることがあります。
見た目には岩の風情ですが、内部は水が溜まったまま動かない空間です。構造が複雑なぶん、清掃も消毒も届きにくい場所です。


コーキングの劣化・剥がれ
浴槽の縁や、壁との境目に打たれたコーキング(シーリング材)。これが切れたり剥がれたりすると、そこから水が浸入します。
コーキングは防水のために入っているので、ここが切れることは「水が入ってはいけない場所に入っている」ことを意味します。なお、お子さんが面白がってコーキングをいじって剥がしてしまうこともあり、現場では声かけの対象にしています。温泉での子どものマナーでも触れています。

木部の腐り
檜風呂や木の縁、すのこなど、木を使った部分は腐朽が進むと内部に空隙ができます。木は水を含みやすく、有機物そのものでもあるため、菌にとっては好条件です。
表面がささくれている、押すとぶよぶよする、色が変わっている——こうした箇所は要注意です。

フランジ・金具の下
手すりの付け根、ノズル、吸い込み口のフランジ部分など、金具が浴槽に固定されている箇所も隙間ができやすい場所です。取り外してみると堆積物が出てくることがあります。
吸い込み口まわりの構造については温泉の吸い込み口と吐き出し口とは?|吸込事故とキャビテーションの危険性もご覧ください。
設備側のデッドレグ
浴槽本体だけでなく、配管側にも死水はできます。使われなくなった配管がそのまま残っている、バルブの先が行き止まりになっている、水位計の細い配管に水が滞留している——こうした箇所です。
衛生等管理要領でも、図面等により配管の状況を正確に把握し、不要な配管を除去することが求められています。配管洗浄については温泉施設の配管洗浄とは?|種類・効果・タイミングを現場スタッフが解説をどうぞ。
毎日の目視点検で見るところ
死水は、できてしまってから対処するより、できる前に見つけるほうがはるかに楽です。日常の清掃時に、次の点を意識して見てください。
タイルのひび・欠け:細い線でも、そこから水は入ります。前日まで無かったひびに気づけるのは、毎日見ている人だけです。
目地の状態:痩せていないか、欠けていないか、色が変わっていないか。目地だけ黒ずんでいる場合は、内部に汚れが溜まっているサインのことがあります。
コーキングの切れ:浴槽の縁、壁際、金具の周囲。手で軽く触れて、浮いていないか確かめます。
岩やモルタルの剥がれ:露天では、植栽や落ち葉で見えにくくなっている箇所も確認します。
木部のささくれ・変色・ぶよつき:押してみて感触が変わっていないか。
金具の付け根:ぐらつきがないか。ぐらつきは隙間ができているサインです。
こうした点検は、水質測定と同じく毎日の業務に組み込むのが理想です。日々の管理の全体像は温泉施設の水質管理は毎日何をしている?|残留塩素・pH・温度チェックの現場を公開をご覧ください。
打診棒を使った点検
目視だけでは分からないのが、タイルの浮きです。表面にひびがなくても、下地から剥離していることがあります。
音で見分ける
ここで使うのが打診棒です。先端に小さな玉が付いた棒で、建築の外壁タイル検査で使われる道具ですが、浴槽にも同じ原理が使えます。
タイル面を軽く叩いたり、転がしたりして音を聞きます。密着している部分は詰まった硬い音、浮いている部分は乾いた軽い音がします。この違いは、慣れればはっきり分かります。
「叩くと乾いた音がする」箇所の下には、ほぼ確実に空隙があり、そこに水が入っていると考えてよいでしょう。
点検のコツ
浴槽の水を抜いた換水のタイミングが、絶好の機会です。壁面、底面、縁、段差部分を順に当てていきます。
気になる箇所が見つかったら、場所を記録しておきます。前回と比べて範囲が広がっていれば、劣化が進行しているということです。一度の点検より、継続した記録のほうが価値があります。
換水のタイミングについては温泉の換水とは?|法令で決まる頻度と緊急換水の判断基準をご覧ください。
見つけたときの対応
劣化を見つけたら、程度に応じて対応します。
目地の欠けやコーキングの切れといった小規模なものは、充填や打ち直しで対応できます。放置すると水の浸入が続き、下地まで傷むので、早めに手を打つほうが結果的に安く済みます。
タイルの浮きが広範囲に及ぶ場合、岩組みの奥まで空洞ができている場合は、張り替えや本格的な補修が必要になります。この段階になると営業への影響も大きくなるため、計画的な修繕として予算に組み込む判断が要ります。
そして重要なのが、レジオネラ属菌が検出されたときに構造を疑うことです。換水も消毒もきちんとやっているのに数値が出るなら、消毒の届かない場所がある可能性があります。保健所に相談する際も、構造面の状況を伝えられると話が早くなります。保健所の立入検査で見られる点は保健所の立入検査とは?|温泉施設で見られるポイントを現場スタッフが解説にまとめています。
温泉施設は劣化が早い
最後に、なぜ温浴施設でこれが問題になりやすいのかを。
浴室は、建物の中でもっとも過酷な環境です。常に高温多湿で、水に濡れ続け、温泉成分が建材を傷めます。塩分を含む湯は金属を腐食させ、成分が固まったスケールは隙間を押し広げることもあります。
加えて、温度変化による膨張と収縮が繰り返されます。営業中は温かく、閉店後は冷える。この伸び縮みが、目地やコーキングに少しずつダメージを与えていきます。
一般の建物なら10年もつ仕上げが、浴室では数年で傷むこともあります。「まだ新しいから大丈夫」という感覚は、温浴施設では通用しません。 スケールの影響については温泉のスケールとは?|白い塊の正体と除去方法を現場スタッフが解説もご覧ください。
まとめ
死水とは、循環の流れから外れて動かないまま滞留している水のことです。タイルの浮き、目地の欠け、岩組みの隙間、コーキングの切れ、木部の腐りなど、経年劣化でできた隙間に生まれます。
適温・有機物・停滞という条件が揃うため、レジオネラ属菌にとって理想的な環境になります。しかも隙間の奥には塩素が届かないため、通常の消毒では対処できません。 水質検査の数値も正常に見えてしまいます。
だからこそ、毎日の目視点検が効きます。タイルのひび、目地の痩せ、コーキングの切れ、木部の変色、金具のぐらつき。そして換水時には打診棒を使い、音の違いでタイルの浮きを確認する。
水質管理は、測定と消毒だけでは完結しません。浴槽という器そのものを健全に保つことも、衛生管理の一部です。地味な点検の積み重ねが、見えない温床を未然に防ぎます。
参考文献
- 厚生労働省「公衆浴場における衛生等管理要領等について」 https://www.mhlw.go.jp/topics/2001/0111/tp1106-1.html
- 厚生労働省「循環式浴槽におけるレジオネラ症防止対策マニュアルについて」 https://www.mhlw.go.jp/topics/2001/0109/tp0911-1.html
- 厚生労働省「レジオネラ症を予防するために必要な措置に関する技術上の指針」 https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/kenkou/legionella/030725-1.html
- 厚生労働省「入浴施設の衛生管理の手引き」 https://www.mhlw.go.jp/content/11130500/001401967.pdf
- 石川県健康福祉部「入浴施設におけるレジオネラ症防止対策マニュアル(令和3年3月)」 https://www.pref.ishikawa.lg.jp/yakuji/seikatu/reji_hp/documents/documents/rejionerasyoubousitaisakumanyuaru_r0303.pdf
- 各都道府県・市の公衆浴場法に基づく条例・レジオネラ症防止対策指針










