浴槽のお湯は、吸い込み口から吸い上げられ、ろ過器を通ってきれいになり、再び浴槽へ戻ってきます。この循環の道すじで、ろ過器の手前に置かれているのが「集毛器(しゅうもうき)」——ヘアキャッチャーです。
名前のとおり、髪の毛を捕まえるためのカゴです。地味な部品ですが、これがなければ循環式の浴槽は成り立ちません。そして、毎日の清掃と消毒が法令上求められている、衛生管理の重要ポイントでもあります。
この記事では、温浴施設で働く現場スタッフの視点から、集毛器の役割、毎日洗浄しなければならない理由、実際の作業手順、そして排せつ物があったときの対応までを解説します。「あのカゴの中で何が起きているのか」を知ると、循環式浴槽の見え方が変わるはずです。
集毛器とは|ろ過器を守る最初の関門
集毛器(ヘアキャッチャー)は、循環配管の途中、ろ過ポンプやろ過器の手前に設置されたフィルターです。網目状のカゴやバスケットになっており、浴槽から吸い込まれたお湯がここを通過します。
役割は、髪の毛や大きなゴミを捕らえること。もしこれらがそのままポンプやろ過器に入れば、羽根車に絡まったり、ろ材の目を詰まらせたりして、設備の故障につながります。集毛器は、高価な設備を守るための最初の関門なのです。
循環とろ過の仕組み全体は、温泉のろ過と逆洗って何?や温泉設備の仕組み完全ガイドで解説していますので、あわせてご覧ください。
【法令】集毛器は毎日の清掃・消毒が必要
ここが重要な点です。集毛器の清掃は、施設の裁量で決められるものではありません。
厚生労働省の「公衆浴場における衛生等管理要領」およびレジオネラ症防止対策マニュアルに基づき、各自治体の指導では「ヘアーキャッチャー(集毛器)は毎日、内部を清掃し、塩素系薬剤で消毒する」ことが求められています。
なぜ毎日なのか
集毛器の中には、髪の毛や垢、皮脂といった有機物が溜まります。ここは温かく、湿っていて、栄養も豊富。細菌にとって理想的な繁殖環境です。
とくに警戒すべきがレジオネラ属菌です。溜まった汚れの表面には生物膜(バイオフィルム)が形成され、その中の菌は塩素から守られてしまいます。循環水は必ずここを通るため、集毛器が汚染源になれば、そこから浴槽全体へ菌が供給され続けることになります。温泉の「レジオネラ菌」って危険?|感染経路と施設の対策を現場スタッフが解説で詳しく解説しているとおり、これは施設にとって最も避けたい事態です。
一日でも放置すれば、汚れは確実に蓄積します。「週に何回か」ではなく「毎日」と定められているのは、それだけリスクが高い場所だからです。
清掃だけでなく「消毒」まで
見落とされがちですが、求められているのは清掃と消毒です。ゴミを取り除くだけでは、カゴの表面に付着した生物膜は残ります。ブラシで物理的にこすり落とし、そのうえで塩素系薬剤で消毒する——ここまでが一連の作業です。
集毛器の洗浄手順
実際の作業手順を、順を追って説明します。ただし、施設によって配管の構成や設備は異なります。必ず自施設の手順書に従ってください。
手順の流れ
- ① ろ過ポンプを停止する
まず循環を止めます。ポンプが動いたまま作業を始めるのは危険です。運転中に蓋を開ければ、圧力のかかった水が噴き出すおそれがあります。 - ② 対象のバルブを閉じる
その系統のバルブを閉め、水が流れ込まない状態にします。複数の浴槽がある施設では、どのバルブがどの系統かを正確に把握しておくことが不可欠です。閉め忘れれば、蓋を開けた瞬間に大量の水が流れ出します。 - ③ 集毛器内の水を排水する
ドレンバルブを開けて、集毛器の中に溜まっている水を抜きます。ここを省略すると、蓋を開けたときに水があふれます。 - ④ 蓋を開けてカゴを取り出す
中のカゴ(バスケット)を取り出します。溜まった髪の毛やゴミを除去します。 - ⑤ 洗浄済みの予備カゴと交換する
多くの施設では、集毛器のカゴを予備として複数持っています。取り出したカゴをその場で洗うのではなく、あらかじめ洗浄・消毒しておいたきれいなカゴをはめ込みます。 - ⑥ 復旧する
蓋を確実に閉め、バルブを開け、ポンプを起動します。 - ⑦ 外したカゴはまとめて洗浄する
使用済みのカゴは回収し、すべての系統の作業が終わったあとに、まとめてブラシで洗浄・消毒します。洗ったカゴは乾かして、次回の予備として保管します。
予備のカゴを使う理由
なぜその場で洗わず、交換方式にするのでしょうか。理由は主に3つあります。
浴槽を止めている時間を短くできる:カゴを洗う数分間も、循環は止まったままです。交換なら、外して入れて閉めるだけで済むため、停止時間を最小限に抑えられます。営業中の作業ではとくに重要です。
作業効率がいい:浴槽が複数ある施設では、系統ごとに機械室を移動しながら作業します。その都度カゴを洗っていては時間がかかります。まず全系統のカゴを交換して回り、外したカゴを最後にまとめて洗うほうが、動線としてはるかに効率的です。
洗浄が丁寧になる:慌ただしい中でその場で洗うと、どうしても雑になりがちです。作業を分ければ、落ち着いてブラシをかけ、消毒までしっかり行えます。
予備のカゴを用意していない施設では、この機会に検討する価値があります。
【最重要】ろ過ポンプの運転を忘れない
作業でもっとも事故が起きやすいのが、この復旧工程です。そして、その中でも絶対に忘れてはいけないのがろ過ポンプの再起動です。
ポンプを止めたまま気づかずに営業してしまうと、その浴槽は循環もろ過も消毒も行われていない状態になります。塩素は注入されず、汚れはろ過されず、お湯はただ溜まっているだけ。数時間気づかなければ、水質は確実に悪化します。
厄介なのは、見た目では分からないことです。浴槽のお湯は張られていて、温度も保たれている。お客様も普通に入っています。しかし裏側では、衛生管理の根幹が止まっている——これが怖いところです。
「止めたら必ず戻す」を、作業の締めくくりとして体に染み込ませてください。 チェックリストに復旧確認の項目を入れる、作業札を使って停止中であることを明示する、複数人で確認する——仕組みで防ぐ工夫が有効です。
その他の復旧確認
バルブを開け忘れると、ポンプが水を吸えずに空転し、故障の原因になります。蓋の締めが甘いと、そこから漏水します。
作業後は必ず、ポンプが正常に動いているか、圧力計は通常値か、漏れはないかを確認してください。集毛器の清掃をした日に「なぜか塩素が上がらない」という場合、復旧忘れが原因ということがあります。温泉施設で塩素が上がらない!|原因8つと現場の対処法を現場スタッフが解説でも、スイッチの戻し忘れを原因のひとつとして挙げています。
作業時の安全
塩素系薬剤を扱うため、ゴム手袋とゴーグルを着用します。集毛器内の汚水は不衛生なので、素手で触らないでください。薬品の取り扱いは温泉の薬注装置と薬液タンクとは?|塩素注入の仕組みとノズル洗浄の注意点もあわせてご覧ください。
床が濡れる|転倒に要注意
意外と見落とされがちですが、集毛器の清掃で気をつけたいのが転倒です。
この作業では、必ず機械室の床が濡れます。集毛器内の排水、蓋を開けたときにこぼれる水、濡れたカゴを運ぶときの水滴——どうしても足元に水が広がります。

機械室の床は、コンクリートやタイルなど滑りやすい素材が多く、そこに水が乗れば危険な状態になります。しかも配管が入り組んでいて足元が見えにくく、照明も明るいとは限りません。濡れたカゴを両手で抱えていれば、とっさに手をつくこともできません。
対策として、滑りにくい靴を履くことが基本です。作業後は水を掃き出す、モップで拭き取るなどして、床を濡れたまま放置しないでください。次に機械室へ入った人が滑る可能性があります。
また、作業中に他のスタッフが機械室へ入ってくることもあります。「今、床が濡れています」と一声かけるだけで、事故は防げます。浴室の転倒対策と考え方は同じで、温泉における換気の重要性とは?|カビ・サビ対策の材質、モヤによる視界不良と転倒リスクを現場スタッフが解説でも触れているとおり、濡れた床は常に危険を含んでいます。
排せつ物があった場合は入念に
浴槽内で排せつや嘔吐があった場合、集毛器の扱いは通常とはまったく別物になります。
汚物は循環の流れに乗って、まず集毛器に到達します。つまり集毛器は最も汚染されている箇所ということです。通常どおりの清掃では不十分で、より入念な洗浄と消毒が必要になります。
感染性胃腸炎が疑われる場合は、ウイルスが配管全体に広がっている可能性も考えなければなりません。集毛器だけでなく、浴槽水の排水、配管やろ過器への対応まで含めて検討することになります。判断に迷う場合は、所轄の保健所に相談してください。
具体的な対応手順は、温泉の浴槽で排泄物が…!衛生面は大丈夫?と温泉施設の嘔吐物対応にまとめています。あわせて、換水の判断については温泉の換水とは?もご覧ください。
【現場の話】集毛器から出てくるもの
ここからは、施設で働いていないと知りようのない話です。
集毛器を開けると、髪の毛や垢に混じって、思いがけないものが出てくることがあります。
もっとも多いのがアクセサリー類です。指輪、ピアス、ネックレスのチェーン、イヤリングの金具。浴室で外れたアクセサリーは水中に沈み、循環の流れで吸い込み口へ吸い寄せられ、配管を通って集毛器で止まります。
ほかにも、ヘアゴム、ヘアピン、絆創膏、小さなおもちゃの部品など。落とし主が気づいていないものも多くあります。
浴室でアクセサリーを落とした場合、その場で見つからなくても集毛器から出てくる可能性があります。だからこそ、落としたらすぐスタッフに知らせてほしいのです。自分で吸い込み口を探るのは危険です。詳しくは温泉にアクセサリーはつけたまま入っていい?と温泉の吸い込み口と吐き出し口とは?をご覧ください。
集毛器が詰まるとどうなるか
清掃を怠って集毛器が詰まると、循環に支障が出ます。
まず、水が通りにくくなることで流量が落ちます。ろ過も塩素の行き渡りも悪くなり、水質管理に直接影響します。さらに、吸い込み側の圧力が下がることでキャビテーションが起こり、ポンプの羽根車を傷めることもあります。
「たかがカゴの掃除」と思われがちですが、ここを怠ると設備と衛生の両方に影響が出るのです。日々の水質管理の流れは温泉施設の水質管理は毎日何をしている?|残留塩素・pH・温度チェックの現場を公開で紹介しています。
記録を残す
集毛器の清掃は毎日の作業であり、保健所の立入検査でも実施状況が確認されます。「いつ、誰が、どの系統を清掃したか」を記録に残しておくことが必要です。
記録は面倒に感じるかもしれませんが、実施の証明になるだけでなく、引き継ぎの精度も上げてくれます。保健所の立入検査とは?|温泉施設で見られるポイントを現場スタッフが解説もあわせてご覧ください。
まとめ|地味な作業が衛生を支えている
集毛器(ヘアキャッチャー)は、循環配管のろ過器手前にあり、髪の毛やゴミを捕らえて設備を守るフィルターです。同時に、汚れが溜まりやすく細菌が繁殖しやすい場所でもあるため、毎日の清掃と塩素系薬剤による消毒が求められています。
作業手順は、ろ過ポンプの停止、バルブの閉止、内部の排水、カゴの取り出しと予備カゴへの交換、そして復旧。外したカゴは最後にまとめて洗浄・消毒し、次回の予備として保管します。この交換方式なら、浴槽を止める時間を短くしつつ、洗浄も丁寧に行えます。
そして何より、ろ過ポンプの再起動を忘れないこと。 止めたまま営業すれば、循環も消毒も行われないまま時間が過ぎてしまいます。見た目では分からないだけに、確認を仕組み化しておくことが大切です。あわせて、作業で濡れた機械室の床は転倒の原因になります。滑りにくい靴を履き、作業後は床を拭き取ってください。
浴槽内で排せつや嘔吐があった場合、集毛器は最も汚染されている箇所です。通常の清掃では足りず、入念な対応が必要になります。
毎日カゴを開けて髪の毛を取り除く——地味で、誰にも見られない作業です。それでもこの積み重ねが、お客様が浸かるお湯の清潔さを支えています。
参考文献
- 厚生労働省「公衆浴場における衛生等管理要領等について」 https://www.mhlw.go.jp/topics/2001/0111/tp1106-1.html
- 厚生労働省「公衆浴場における衛生等管理要領等の改正について(令和元年9月19日)」
- 厚生労働省「循環式浴槽におけるレジオネラ症防止対策マニュアルについて」 https://www.mhlw.go.jp/topics/2001/0109/tp0911-1.html
- 厚生労働省「レジオネラ症を予防するために必要な措置に関する技術上の指針」 https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/kenkou/legionella/030725-1.html
- 厚生労働省「入浴施設の衛生管理の手引き」
- 各都道府県・市の公衆浴場法に基づく条例・衛生指導要綱














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