温泉施設で地震が起きたらどうする?|特有の危険性と対処法を現場スタッフが解説

悩みトラブル

地震は、いつ起きるかわかりません。

自宅にいるとき、職場にいるとき、電車に乗っているとき——そして、温泉やスーパー銭湯に入っているとき。

温浴施設で地震に遭遇した場合、他の場所とはまったく異なるリスクがあります。裸であること、ガラスの鏡や仕切りがあること、浴槽に大量の水が蓄えられていること。この3つが重なることで、通常の建物の中にいるよりも被害が大きくなる可能性があります。

温泉施設で働いていると、避難訓練のたびに「もし営業中に大地震が来たら」というシナリオを想定して身が引き締まります。この記事では、温浴施設で地震が発生した場合の危険性と、利用者・スタッフそれぞれの対処法を現場の視点からお伝えします。

温浴施設の地震リスクが特殊である理由

温浴施設での地震は、一般的な建物の中での地震とは質的に異なるリスクを伴います。

裸であること——体を守るものがない

最も根本的な問題です。普段の生活では、衣服が体を保護してくれています。転んでも擦り傷で済むところが、裸であれば深い切り傷になりかねません。

地震で落下物があった場合、ガラス片が飛び散った場合、高温のお湯がこぼれた場合——衣服というバリアがない状態では、ダメージをもろに受けます。

また、裸であること自体がパニックを助長する要因にもなります。「外に逃げたいけど裸では出られない」「脱衣所まで戻って服を着なければ」という心理が、避難行動を遅らせるリスクがあります。

ガラスの飛散——浴室は「ガラスの箱」

温浴施設の浴室には、想像以上に多くのガラスが使われています。

洗い場の大きな鏡、浴室の仕切りガラス、露天風呂との間のガラスドア、窓ガラス——これらが地震の揺れで割れると、鋭利なガラス片が飛び散ります。

浴室の床はタイルで硬く、しかも濡れています。ガラス片が散乱した濡れたタイルの上を、裸足で、しかも裸の状態で移動しなければならない——これが温浴施設での地震の最も危険なシナリオの一つです。

さらに、揺れによって棚に置かれたシャンプーボトルや桶、椅子なども落下・移動するため、足元は障害物だらけになります。

大量の水——揺れで凶器に変わる

温浴施設の浴槽には、数トンから数十トンの水(お湯)が蓄えられています。

大きな揺れが発生すると、浴槽の水が激しく波打ち、大量の温泉水が浴槽から溢れ出します。これによって浴室の床面が一気に水浸しになり、転倒リスクが急上昇します。

露天風呂では、岩風呂の岩が揺れで崩れる危険性もあります。装飾として配置されている大きな石が転がり落ちれば、人に直撃する可能性があります。

高温の水による火傷リスク

浴槽の温泉水は40℃前後ですが、ボイラー周辺の配管内には60〜90℃の高温水が流れています。地震で配管が破損し、高温水が噴き出した場合、深刻な火傷の危険があります。

機械室にいるスタッフにとっては、配管の破損と高温水の噴出が最も警戒すべきリスクの一つです。

地震発生時——利用者の行動

温浴施設で地震に遭遇した場合、利用者としてどう行動すべきかを場所ごとにお伝えします。

浴室にいる場合

まず、浴槽から出てください。浴槽内にいると、溢れた水に体を持っていかれたり、浴槽の縁に体を打ちつけたりするリスクがあります。

浴槽から出たら、洗い場の桶や椅子で頭を守ります。鏡やガラスから離れた場所にしゃがみ、揺れが収まるのを待ちます。鏡の真下や、ガラス仕切りの近くは絶対に避けてください。

揺れが収まった後、足元にガラス片がないか確認してから慎重に移動します。タオルを足に巻いて簡易的な靴代わりにすると、ガラス片による足の裂傷をある程度防げます。スリッパやサンダルが手の届く場所にあれば、それを履いてください。

無理に脱衣所まで戻ろうとせず、まずは安全な場所で揺れが完全に収まるのを待つことが優先です。

サウナ室にいる場合

サウナ室は密閉空間であるため、地震時には特有のリスクがあります。

サウナストーンが落下する可能性、ストーブが転倒する可能性、ドアが歪んで開かなくなる可能性——これらを念頭に、揺れを感じたらすぐにサウナ室から出てください

サウナ室内で揺れが収まるのを待とうとしないでください。停電が発生した場合、サウナ室内は真っ暗になり、しかもしばらく高温のままです。閉じ込められると熱中症のリスクがあります。

脱衣所にいる場合

脱衣所ではロッカーの転倒に注意してください。大きなロッカーが倒れてくると、下敷きになる危険があります。

ロッカーから離れた場所でしゃがみ、揺れが収まるのを待ちます。余裕があれば、衣服を素早くつかんで身につけてください。完全に着替える必要はありません。最低限の服があるだけで、避難時の行動がずっと楽になります。

露天風呂にいる場合

露天風呂では、岩の崩落、塀や壁の倒壊、樹木の倒木に注意が必要です。

岩風呂の場合は、岩から離れた場所に移動してください。屋根がある場所が近くにあれば、そこに移動して落下物から頭を守ります。

露天風呂から建物内に戻る通路が安全かどうかを確認してから、屋内に移動してください。

館内の休憩スペースにいる場合

一般的な建物内での地震対応と同様に、テーブルの下に潜るか、頭を守ってしゃがみます。自動販売機の近く、窓ガラスの近く、大きな棚の近くは避けてください。

地震発生時——スタッフの対応

スタッフは、自身の安全を確保しながら、利用者の避難誘導と設備の安全確認を行います。

揺れが収まったら即座に行動

揺れが収まったら、スタッフは以下の対応を同時並行で進めます。

館内放送で落ち着いた行動を呼びかけます。「ただいま地震が発生しました。お客様は安全な場所で待機してください」という案内を、できるだけ冷静なトーンで行います。パニックを助長しないことが重要です。

浴室内のお客様の状況確認と避難誘導を行います。けが人がいないか、閉じ込められている方がいないかを確認します。ガラスが割れている場合は、その旨を大声で知らせ、「足元に注意してください」「タオルを足に巻いてください」と具体的な指示を出します。避難用に使い捨てスリッパを用意していることもあります。

設備の緊急確認

設備面では、まずガス(ボイラー)の緊急停止を確認します。大きな揺れを感知すると、ガスメーターが自動的に遮断する仕組みになっていますが、手動でも確認します。

配管からの漏水がないかを機械室で確認します。高温水の噴出は火傷のリスクがあるため、慎重に確認します。

電気系統の異常確認を行います。停電が発生した場合は、非常用照明が点灯しているか、非常用電源が作動しているかを確認します。

停電時の特別対応

温浴施設での停電は、一般的な建物以上に深刻な問題を引き起こします。

浴室は窓が小さいか、ない場合が多く、停電すると真っ暗になります。濡れた床、割れたガラス、散乱した備品——これらが見えない状態でお客様が動き回ると、二次災害のリスクが非常に高くなります。

非常用照明が点灯しても、浴室全体を照らすには不十分なケースが多いです。スタッフは懐中電灯を使って足元を照らしながら、お客様を安全な場所に誘導します。

ろ過装置循環ポンプも停止するため、浴槽水の衛生管理が中断します。長時間の停電の場合は、復旧後に水質検査を行い、塩素濃度ORPを確認してから営業を再開する必要があります。

二次災害のリスク

地震そのものの揺れによる被害に加え、温浴施設では二次災害のリスクが特に大きいです。

浴槽水の溢水による浸水

大型の浴槽から数トンの水が溢れ出すと、浴室だけでなく、脱衣所や廊下まで浸水する可能性があります。特に浴室が2階以上にある施設では、溢れた水が階下に流れ落ち、建物全体に被害が広がるリスクがあります。

防水処理が施されている浴室の床面であっても、想定以上の水量が一気に流れ出すと、排水能力を超えてしまうことがあります。

配管の破損と漏水

地震の揺れで配管が破損し、大量の水が噴き出すリスクがあります。特に配管の接合部やエルボー(曲がり部分)は、揺れのストレスが集中しやすい箇所です。

高温の配管が破損した場合は、噴出する熱水による火傷の危険に加え、蒸気による視界不良も発生します。機械室は特に危険なため、スタッフはヘルメットと長袖の着用が望ましいです。

ガス漏れ

ボイラーに都市ガスやLPガスを使用している施設では、地震による配管破損でガス漏れが発生する可能性があります。

ガス臭を感じたら、すぐに換気を行い、火気を使用しない。電気のスイッチも操作しない(スパークで引火するリスクがあるため)。そして速やかに建物から避難して、ガス会社に連絡します。

薬品の漏洩

機械室には、塩素消毒に使う次亜塩素酸ナトリウムの溶液が保管されています。地震でタンクが転倒し、薬品が漏洩した場合、有害なガスが発生するリスクがあります。

特に次亜塩素酸ナトリウムが酸性の洗浄剤と混触すると、塩素ガスが発生して極めて危険です。薬品の保管場所は、転倒防止策を講じておく必要があります。

構造物の崩壊

露天風呂の岩組み、石造りの浴槽、装飾用の石壁——温浴施設には重量のある構造物が多くあります。これらが崩壊すると、人に直撃する危険があります。

特に古い施設では、岩組みのモルタルが経年劣化しているケースもあり、耐震性の確認は重要な課題です。

日頃から備えておくべきこと——施設側

避難経路の確保と掲示

浴室から脱衣所、脱衣所から館外への避難経路を明確にし、掲示しておきます。非常口の表示が暗所でも視認できるか、避難経路上に障害物がないかを定期的に確認します。

ガラスの飛散防止フィルム

浴室の鏡やガラス仕切りに飛散防止フィルムを貼ることで、地震時のガラス飛散リスクを大幅に低減できます。コストはかかりますが、お客様の安全に直結する対策です。

備品の転倒・落下防止

棚、ロッカー、自動販売機などを壁に固定する。サウナストーブが転倒しないよう固定する。シャンプーなどのボトルが落下しないよう棚にストッパーを設ける。こうした対策は地震以外の災害にも有効です。

非常用備品の準備

懐中電灯(防水タイプ)、非常用の毛布やバスタオル(裸のお客様に提供するため)、救急セット、メガホン、ヘルメットなどを、すぐに取り出せる場所に保管しておきます。

裸のお客様に巻いてもらうための大判タオルやバスローブは、特に温浴施設ならではの備品です。避難時に衣服がない方への対応を事前に想定しておく必要があります。

定期的な避難訓練

営業時間外やメンテナンス休館日などにスタッフだけで避難訓練を実施します。浴室からの避難誘導、停電時の対応、ガス漏れ時の対応、けが人の搬送など、具体的なシナリオに基づいた訓練が重要です。

「浴室にいるお客様をどう誘導するか」「裸のお客様にどう衣服を渡すか」「ガラスが割れた浴室をどう安全に通過するか」——こうした温浴施設特有のシナリオを訓練に組み込むことが大切です。

日頃から備えておくべきこと——利用者側

避難経路を確認しておく

初めての施設に行ったとき、脱衣所に入る前に非常口の位置を確認しておきましょう。万が一のとき、「非常口がどこかわからない」という状態は避けたいところです。

貴重品はロッカーに入れる

地震が起きたとき、貴重品を取りに戻ることは避難の妨げになります。入館時に貴重品をロッカーに入れておけば、避難時に迷わず行動できます。

タオルは手の届く場所に

浴室内でもタオルをすぐ手の届く場所に置いておくと、緊急時に足に巻いてガラス片から守ることができます。体を覆う用途にもなります。

スタッフの指示に従う

地震が発生したら、自己判断で動くよりもスタッフの指示に従ってください。スタッフは避難経路や施設内の危険箇所を把握しています。

まとめ

温浴施設での地震は、裸であること、ガラスが多いこと、大量の水があることの3つが重なり、通常の建物よりも被害が拡大しやすい環境です。

利用者としては、浴槽から出て鏡やガラスから離れ、桶で頭を守ってしゃがむ。揺れが収まったらタオルを足に巻いて慎重に移動する。サウナ室からはすぐに出る。スタッフの指示に従う。これが基本行動です。

施設側としては、ガラスの飛散防止フィルム、備品の固定、非常用備品(特に裸のお客様に渡す大判タオルや毛布)の準備、温浴施設特有のシナリオを含む避難訓練が重要です。

二次災害として、浴槽水の溢水による浸水、配管破損による漏水と高温水の噴出、ガス漏れ、薬品漏洩、構造物の崩壊があり、地震そのものの揺れだけでなく、その後の対応が被害の大きさを左右します。

地震は防げません。しかし、備えることはできます。温浴施設に来たとき、「もしここで地震が起きたら」と一瞬だけ想像してみてください。非常口の場所、タオルの位置、ガラスからの距離——その一瞬の意識が、万が一のときに自分の身を守ることにつながります。

【温泉施設の災害対応まとめ|地震・台風・停電・火災、裸のときにどう動く?】

【参考文献】

・内閣府「防災情報のページ」地震対策 https://www.bousai.go.jp/

・総務省消防庁「地震から身を守るために」 https://www.fdma.go.jp/ ※揺れが収まるまで身を低くして頭を守る、ガラスや倒壊物から離れるなどの基本行動

・厚生労働省「公衆浴場における衛生等管理要領等の改正について」(令和2年12月) https://www.mhlw.go.jp/content/11130500/000712873.pdf ※公衆浴場の構造設備基準、非常口・避難経路の確保に関する記述

・公益社団法人 日本サウナ・スパ協会「温浴施設の安全管理指針」 https://www.sauna.or.jp/ ※サウナ室の安全基準、ストーブの固定、停電時の対応

・一般社団法人 板硝子協会「地震時のガラスの安全対策」 https://www.itakyo.or.jp/ ※飛散防止フィルムの効果、強化ガラス・合わせガラスの耐震性能

・一般社団法人 日本ガス協会「地震時のガスの安全対策」 https://www.gas.or.jp/ ※マイコンメーターによる自動遮断の仕組み、ガス臭を感じた場合の対応

・一般社団法人 日本ボイラ協会「ボイラーの安全管理」 https://www.jbanet.or.jp/ ※地震時のボイラー緊急停止手順

・厚生労働省「職場における化学物質管理の手引き」
※次亜塩素酸ナトリウムと酸性洗浄剤の混触による塩素ガス発生リスク、薬品保管時の転倒防止措置

・厚生労働省「循環式浴槽におけるレジオネラ症防止対策マニュアル」 https://www.mhlw.go.jp/content/11130500/000712875.pdf ※次亜塩素酸ナトリウムの保管・取扱い上の注意

・厚生労働省「循環式浴槽におけるレジオネラ症防止対策マニュアル」(同上)
※ろ過装置・循環ポンプの停止時における水質管理、営業再開前の水質確認手順

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