温浴施設の裏側には、お客様が目にすることのない大きなタンクがいくつも並んでいます。その代表が「貯湯槽(ちょとうそう)」と「受水槽(じゅすいそう)」です。前者はお湯を、後者は水道水や源泉をためておくタンクで、どちらも施設の営業を根本から支えている設備です。
この2つ、名前が似ていて混同されがちですが、役割も、守るべきルールもまったく違います。とくに貯湯槽には「60℃以上を保つ」という衛生管理上の重要な基準があり、これを外すとレジオネラ属菌の温床になりかねません。
この記事では、温浴施設で働く現場スタッフの視点から、貯湯槽と受水槽それぞれの役割、法令で定められた管理基準、そして日々の点検で気をつけているポイントを解説します。水位計のトラブルとの関わりにも触れていきます。
貯湯槽と受水槽の違い
まず、この2つの違いを整理しておきましょう。
受水槽は、水道や源泉から引き込んだ水を一時的にためておくタンクです。大量の水を使う施設では、水道管から直接供給するだけでは水量が足りなかったり、水圧が不安定になったりします。そこで一度タンクにためて、そこからポンプで館内へ送り出す仕組みをとります。
貯湯槽は、ボイラーなどで加熱したお湯をためておくタンクです。浴槽への給湯、シャワー、洗い場のカランなど、施設は大量のお湯を同時に使います。使うたびに沸かしていては間に合わないため、あらかじめ加熱したお湯をためておき、必要に応じて供給するわけです。中身は「お湯」で、高温です。
おおまかな流れとしては、水道水や源泉が受水槽に入り、そこから一部がボイラーなどで加熱されて貯湯槽へ、そして浴室へ届く——という順序になります。お湯を温める仕組みそのものについては、温泉のお湯はどうやって温めている?|ボイラーや加温の仕組みを現場スタッフが解説で詳しく解説しています。
貯湯槽は「60℃以上」が原則|法令で定められた基準
ここが、貯湯槽の管理でもっとも重要な部分です。
厚生労働省の「公衆浴場における衛生等管理要領」では、貯湯槽内の湯温を通常の使用状態で60℃以上、最大使用時でも55℃以上に保つことが示されています。多くの自治体では、この内容が公衆浴場法に基づく条例や施行規則に落とし込まれており、実質的な法令基準として運用されています。
なぜ60℃なのか|レジオネラ属菌との関係
この温度設定の理由は、レジオネラ属菌にあります。レジオネラ属菌は、おおむね20℃から50℃の範囲で増殖し、36℃前後がもっとも増えやすいとされています。つまり、ぬるいお湯をためた状態は、菌にとって理想的な環境なのです。
貯湯槽は、大量のお湯が長時間とどまる場所です。ここで菌が増えてしまえば、そこから供給される浴槽やシャワーを通じて、施設全体に広がってしまいます。だからこそ、菌が増殖できない高温を維持することが求められるわけです。レジオネラ属菌については、温泉の「レジオネラ菌」って危険?|感染経路と施設の対策を現場スタッフが解説で詳しく解説しています。
見落とされがちな「タンクの底」
現場で注意しているのが、貯湯槽の底部です。管理要領でも、貯湯槽の底部は汚れが堆積しやすく低温になりやすいため、定期的に底部の滞留水を排水することが示されています。
タンク上部の温度計が60℃を示していても、底のほうは温度が下がっていることがあります。そこに汚れが溜まれば、菌が生き残る「逃げ場」になってしまうのです。温度計の数字だけを見て安心せず、底部の水抜きを定期的に行うこと。これは現場でしか実感しにくい、しかし極めて重要なポイントです。
清掃と点検
貯湯槽は、完全に排水できる構造であることが求められ、必要に応じて洗浄・消毒を行うことになっています。内部にバイオフィルム(生物膜)が発生していないかを定期的に確認し、あれば除去します。配管内の生物膜対策とあわせて考える必要があり、温泉施設の水質管理は毎日何をしている?|残留塩素・pH・温度チェックの現場を公開で紹介している日々のチェックとも地続きの作業です。
温泉水をためる場合の難しさ
温浴施設ならではの悩みが、温泉水を貯湯槽にためるケースです。温泉にはさまざまな成分が溶けており、タンクの内壁や配管にスケール(成分が固まった付着物)が付いたり、金属を腐食させたりします。真水をためるより、はるかに設備への負担が大きいのです。
また、泉質によっては高温を保つことで成分が析出しやすくなることもあり、衛生管理上の温度要件と、設備保護のバランスに悩む場面もあります。スケールの正体と対策については、温泉のスケールとは?|白い塊の正体と除去方法を現場スタッフが解説もあわせてご覧ください。源泉をそのまま使う施設ほど、この手間は大きくなります。
受水槽の管理|水道法に基づくルール
一方の受水槽には、また別のルールがあります。受水槽は飲み水にもつながる設備なので、水道法の枠組みで管理されます。
有効容量が10立方メートルを超える受水槽を持つ施設は「簡易専用水道」に該当し、年1回以上の定期的な清掃と、登録検査機関による法定検査を受けることが義務づけられています。10立方メートル以下の場合も、自治体の条例などで同様の管理が求められることがあります。自施設の受水槽の容量と、どの区分に当たるかは把握しておく必要があります。
受水槽で気をつけていること
受水槽の管理では、外部からの汚染を防ぐことが基本です。マンホールの蓋が確実に施錠されているか、通気口に防虫網が付いているか、周囲に汚水系の設備がないか。タンク内に小動物や虫、ほこりが入り込めば、それがそのまま館内の水を汚してしまいます。
また、水が長くとどまりすぎると残留塩素が減り、水質が悪化します。適切に水が入れ替わっているかも確認のポイントです。
受水槽と水位計|電極棒トラブルの話
受水槽の運用で欠かせないのが、水位計です。タンクの水位が下がれば給水し、満水位になれば止める——この自動制御があるからこそ、スタッフが常に見張らなくても水が切れずに済んでいます。
受水槽で広く使われているのが電極式の水位計です。長さの違う金属棒を垂らし、水が電気を通す性質を利用して水位を検知します。ところが、この電極棒には弱点があります。表面に錆やスケール、汚れが付着すると電気が通りにくくなり、水位を正しく検知できなくなるのです。
そうなると、水があるのに「足りない」と誤検知して給水が止まらず、タンクからあふれ続ける。あるいは逆に、水位が下がっているのに給水されず、水が切れてしまう。どちらも施設の運営に直撃するトラブルです。水位計の仕組みと電極棒のトラブルについては、温泉の水位計とは?|連通管式・電極式・電子式の仕組みと自動補給水・電極棒トラブルを現場スタッフが解説で詳しく解説していますので、あわせてご覧ください。
「最近、給水の動きがおかしい」「水位が安定しない」と感じたら、電極棒の汚れや錆をまず疑う。これは現場で身についた感覚です。
貯湯槽・受水槽のトラブルが招くこと
この2つのタンクに不具合が起きると、影響は施設全体に及びます。
受水槽が空になれば、館内のすべての水が止まります。浴槽への給水も、シャワーも、トイレも使えません。営業停止に直結する事態です。逆にあふれ続ければ、水道代の無駄だけでなく、機械室の水浸しや漏水被害につながります。
貯湯槽の温度が下がれば、お湯の供給が追いつかなくなるだけでなく、衛生上のリスクが跳ね上がります。レジオネラ属菌が検出されれば、保健所への報告や営業停止、場合によっては健康被害という重大な結果を招きかねません。だからこそ、日々の温度チェックと記録が欠かせないのです。
日常点検で見ているポイント
現場では、次のような点を日常的に確認しています。
- 貯湯槽の温度:60℃以上を保てているか。上部だけでなく、底部の状態も意識する。
- 受水槽の水位:正常に上下しているか。給水・停止が適切に動いているか。
- 異音・異臭:ポンプの音や、タンク周辺の異常な臭いがないか。
- 漏水の痕跡:タンクや配管の周囲に水漏れの跡がないか。
- 電極棒の状態:定期点検で汚れや錆を確認し、清掃・交換する。
- 記録の作成:温度や点検結果を記録し、保存する。
配管まわりの漏水については、温泉施設の配管から水漏れ!|原因・発見方法・対応を現場スタッフが解説もあわせて参考にしてください。
まとめ|見えないタンクが施設を支えている
受水槽は水道水や源泉をため、貯湯槽は加熱したお湯をためる——役割の違うこの2つのタンクが、温浴施設の水とお湯を支えています。
とくに貯湯槽は、レジオネラ属菌の増殖を防ぐため、通常60℃以上・最大使用時55℃以上を保つことが求められる重要な設備です。温度計の数字だけでなく、低温になりやすい底部の滞留水を定期的に排水することも忘れてはいけません。受水槽は水道法の枠組みで管理され、電極式水位計の錆や汚れによる誤作動にも注意が必要です。
お客様の目に触れることはありませんが、この見えないタンクたちが正常に動いているからこそ、いつでも清潔なお湯に浸かることができます。次に温泉に入るとき、その裏側で静かに働く設備のことを思い出してもらえたら嬉しいです。
参考文献
- 厚生労働省「公衆浴場における衛生等管理要領等について」 https://www.mhlw.go.jp/topics/2001/0111/tp1106-1.html
- 厚生労働省「公衆浴場における衛生等管理要領等の改正について(令和元年9月19日)」
- 厚生労働省「循環式浴槽におけるレジオネラ症防止対策マニュアルについて」 https://www.mhlw.go.jp/topics/2001/0109/tp0911-1.html
- 厚生労働省「レジオネラ症を予防するために必要な措置に関する技術上の指針」 https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/kenkou/legionella/030725-1.html
- 各都道府県・自治体の公衆浴場法施行条例および水道法に基づく簡易専用水道の管理基準









