泉質・地質マップについて
温泉の泉質は、実はその土地の地質そのものを映し出しています。火山フロント沿いに湧く酸性泉・硫黄泉、西南日本の花崗岩帯に多い放射能泉、大昔の海の地層から湧く含よう素泉——同じ「温泉」でも、生まれ方はまったく違います。
温泉分析書に書かれた「ナトリウム-塩化物泉」「単純硫黄泉」といった泉質名。あれは、その温泉がどんな地面の下から来たのかを示す、いわば出生証明書のようなものです。
硫黄泉が火山のそばに集中するのは、なんとなく想像がつくと思います。では――
- なぜ海から遠い長野の山奥に、しょっぱい塩化物泉が湧くのか
- なぜアルカリ性のヌルヌルした湯は、あの断層の周辺に多いのか
- なぜ含よう素泉は、火山のない関東平野や千葉に偏っているのか
これらは偶然ではありません。すべて足元の地質が決めています。
そこで、療養泉10種類を地図上にプロットし、火山フロントや中央構造線といった地質構造と重ねられるマップを作りました。泉質を切り替えると、その湯がどこに分布しているかが一目でわかります。
この記事では、マップを実際に操作しながら「泉質ごとの分布のクセ」と「なぜその成分になるのか」を読み解いていきます。
温泉地を選ぶときのヒントとしてはもちろん、日本列島そのものの成り立ちをたどる地図としても楽しめる内容です。
泉質・地質MAPを実際にさわってみよう
泉質でめぐる日本地質マップ
泉質を選ぶと、その泉質が湧くスポットの分布と「なぜそこに湧くのか」という地質学的な理由が表示されます。火山フロントや中央構造線を重ねると、分布の意味が見えてきます。
※ スポットは各泉質の代表例で、掲載地以外にも同泉質の温泉は多数あります。火山フロント・中央構造線のラインは概略位置です。地図タイル:国土地理院
くせ①:硫黄泉・酸性泉は、火山フロントに貼りつく
まずは分かりやすいところから。硫黄泉と酸性泉を選んで、「火山フロント」のラインを重ねてみてください。
見事に線の上に並びます。
火山フロントとは、活火山が海溝と平行に一列に並ぶ、その最前線を結んだ線のことです。この線より海溝側(太平洋側)には、火山はほとんど存在しません。
硫黄泉と酸性泉が火山フロントに貼りつくのは、成分の出どころが火山ガスそのものだからです。
マグマから放出された火山ガスには、硫化水素(H₂S)や二酸化硫黄(SO₂)が含まれています。これが地下水に溶け込むと硫黄泉になります。さらに硫黄が酸化して硫酸になれば、pHが1〜2という強酸性の湯になります。玉川温泉(秋田・pH1.2)や草津温泉(群馬・pH2前後)が、その代表です。
つまり、硫黄泉と酸性泉は「火山がないと存在できない」泉質です。マップ上でこの2つを選んだとき、九州・東北・北関東に固まって、瀬戸内や紀伊半島がぽっかり空くのは、そういう理由です。
現場メモ:硫黄泉は硫化水素が金属を腐食させ、銀のアクセサリーを黒く変色させます。施設側も配管や金具の劣化に神経を使う泉質です。酸性泉も同様で、強い酸は設備を確実に痛めます。「温泉らしい湯」は、たいてい設備泣かせです。
くせ②:塩化物泉は、海沿いだけでなく内陸にも点在する
次に塩化物泉を選んでみてください。
海沿いに多いのは予想どおりです。しかし海から100km以上離れた中部地方の内陸の山の中にも、ぽつぽつと現れます。長野や群馬の山間部にも、しょっぱい湯は湧いています。
なぜでしょうか。塩化物泉の塩分の出どころは、大きく3つあります。
①現在の海水が地下に浸透したもの
海沿いの温泉の多くはこのタイプです。分かりやすい成り立ちです。
②太古の海水が地層に閉じ込められたもの(化石海水)
いま内陸でも、大昔は海だった土地は日本中にあります。その時代の海水が地層の中に閉じ込められたまま残っていると、それを汲み上げた湯は塩辛くなります。「今は山でも、昔は海だった」――地図で内陸の塩化物泉を見つけたら、その土地の過去を疑ってみてください。
③地下の岩塩層を溶かしたもの
海水が干上がってできた岩塩の層があれば、地下水がそれを溶かして塩化物泉になります。
さらに特殊なのが、有馬温泉のようなプレート由来の深部熱水です。沈み込むフィリピン海プレートが地下深くで絞り出した水が上昇してくるもので、火山がないのに高温・高塩分になります。これについては、日本はなぜ温泉が多いのか?|地質構造から読み取って解説で詳しく扱っています。
くせ③:含よう素泉は、火山のない平野に偏る
ここが個人的にいちばん面白いところです。含よう素泉を選ぶと、他の泉質とはまったく逆の分布になります。
火山地帯を避けるように、関東平野、千葉、新潟、秋田といった「火山のない堆積平野」に集中するのです。
理由は、ヨウ素の出どころにあります。ヨウ素は海の生物(海藻やプランクトン)に濃縮される元素です。それらの死骸が海底に降り積もり、厚い堆積層になって地下に閉じ込められる。その古い海水(かん水)を汲み上げると、ヨウ素をたっぷり含んだ温泉になります。
つまり含よう素泉は「太古の海と、その生き物たちの記憶」から生まれた湯なのです。千葉県が世界有数のヨウ素産出地であることと、千葉に含よう素泉が多いことは、まったく同じ理由です。
ちなみに、東京の黒湯もこの仲間です。あの黒さは太古の植物由来の腐植質(フミン質)によるもので、塩分は化石海水系。都会の銭湯から、数百万年前の海と森が湧き出しているわけです。
くせ④:アルカリ性の「美肌の湯」は、断層沿いに現れる
「中央構造線」のラインを重ねて、アルカリ性の湯(単純温泉のうちpH8.5以上のもの=アルカリ性単純温泉)の分布を見てみてください。
中央構造線をはじめとする大断層に沿って、炭酸水素塩泉のような美肌の湯が点々と並ぶのが見えるはずです。紀伊半島の龍神温泉などが典型です。
断層は、例えるならば地下水にとっての高速道路です。岩盤に入った巨大な割れ目に沿って、地表の雨水は地下深くまで潜り込むことができます。地下は深いほど温かい(地温勾配:約100mにつき3℃)ので、2km潜れば60℃を超える。その水が別の割れ目から湧き上がってくる。
このとき、火山ガスも化石海水も関与しないので、溶け込む成分は周囲の岩石から溶け出したものだけになります。花崗岩地帯を通ってきた水は、成分が薄く、pHが高めのサラサラした湯になりやすい。これが「アルカリ性単純温泉=美肌の湯」の正体です。
火山も海も必要としない、もっともシンプルな温泉。それが断層沿いに並ぶのは、断層こそが水の通り道だからです。
くせ⑤:炭酸水素塩泉と硫酸塩泉は「岩石が溶けた湯」
残る塩類泉2つも、地質と直結しています。
炭酸水素塩泉(重曹泉)
地下のマグマ由来の二酸化炭素(CO₂)が地下水に溶けると、弱い炭酸水になります。この酸性の水が岩石を溶かし、そこにナトリウムが加わると重曹泉になります。カルシウムが多い地層なら、カルシウム-炭酸水素塩泉です。
後者は温泉が空気に触れると炭酸カルシウムを析出させ、浴槽の縁に石灰質のスケールを作ります。温泉地で見かける石灰華(トラバーチン)の段々も、この現象です。施設運営の立場では、配管や熱交換器を詰まらせる厄介者でもあります(温泉のスケールとは?)。
硫酸塩泉
硫黄成分が地下で酸化して硫酸イオンになり、それが岩石中のカルシウムやナトリウムと結びつくとできます。石膏(硫酸カルシウム)を含む地層があれば、それを溶かしても生まれます。
だから硫酸塩泉は、火山の周辺部(フロントから少し離れたあたり)に分布しやすい傾向があります。硫黄はあるが、火山の直上ほど強酸性ではない――そういう場所で、「傷の湯」と呼ばれる穏やかな湯になります。
くせ⑥:含鉄泉・二酸化炭素泉・放射能泉の分布
含鉄泉:岩石から鉄が溶け出す条件
鉄は地殻にありふれた元素ですが、温泉に溶け込むには条件があります。酸性で、酸素が少ない(還元的な)地下水であることです。この条件を満たすと、岩石中の鉄が水に溶け出します。
だから含鉄泉は、酸性泉や炭酸を含む湯と重なりやすい。そして地表に出て空気に触れた瞬間、溶けていた鉄が酸化して赤褐色に変わる。有馬の金泉があの色をしているのは、鉄分と塩分がセットで含まれているからです。
二酸化炭素泉:マグマの息
炭酸ガスの出どころは、多くがマグマ由来です。ただし、高温だとガスが逃げてしまうため、天然の高濃度炭酸泉は「火山の近く、でも湯温が低い場所」という限られた条件でしか成立しません。日本に天然の高濃度炭酸泉が少なく、人工炭酸泉が普及しているのは、この難しさゆえです。
放射能泉:花崗岩の贈り物
ラドンの親元はウランやラジウムで、これらは花崗岩(マグマが地下深くでゆっくり固結した岩石)に比較的多く含まれます。そのため放射能泉は、花崗岩地帯(山陰、山梨、鳥取三朝温泉など)に多く分布します。火山とは関係なく、「その土地の岩石が何でできているか」で決まる泉質です。
泉質は「地質の翻訳」である
ここまで見てきたことをまとめると、こうなります。
- 火山ガスが溶けた湯 → 硫黄泉・酸性泉(火山フロント沿い)
- 海水・化石海水が起源の湯 → 塩化物泉・含よう素泉(沿岸部と堆積平野)
- 岩石が溶けた湯 → 炭酸水素塩泉・硫酸塩泉・含鉄泉・放射能泉
- ただ深く潜って温まった湯 → 単純温泉(断層沿い)
泉質とは、その土地の地質を、お湯が翻訳したものだと言えます。硫黄の匂いは火山の息づかいであり、塩辛さは海の記憶であり、ヌルヌルは断層の深さの証しです。
次に温泉に行ったら、脱衣所の温泉分析書を見て、その泉質名から足元の地質を想像してみてください。「ああ、この土地は昔、海だったのかもしれない」――そんなふうに温泉が読めるようになったら、湯めぐりはもっと深い楽しみになります。
泉質10種類をもっと詳しく
各泉質の特徴・効能・入浴の注意点は、それぞれの記事で詳しく解説しています。マップで気になった泉質があれば、ぜひ読んでみてください。
- 単純温泉は効能がない?|刺激が少ない利点と本当の価値
- 塩化物泉とは?|特徴・効能・入浴時の注意点を解説
- 炭酸水素塩泉とは?|「美肌の湯」の仕組みと湯上がりの注意点
- 硫酸塩泉とは?|「傷の湯」と呼ばれる理由と3つのタイプ
- 炭酸泉はなぜ人気で、ぬるめなのか?|美肌効果と正しい入り方
- 含鉄泉とは?|お湯が茶色くなる理由と「鉄の湯」の効能
- 酸性泉とは?|「皮膚病の湯」の殺菌力とピリピリする理由
- 硫黄泉とは?|特徴・効能・独特の香りの理由
- 放射能泉とは?|「万病の湯」と呼ばれる理由と安全性
- 温泉成分の種類一覧|泉質10種類と特徴をわかりやすく解説
また、温泉が「なぜそこに湧くのか」というプレートテクトニクスの視点は、日本はなぜ温泉が多いのか?|地質構造から読み取って解説で掘り下げています。あわせてどうぞ。
参考文献・出典
- 環境省「温泉法に関する通知・ガイドライン等について」
- 環境省「鉱泉分析法指針(平成26年改訂)」(療養泉10分類・液性区分)
- 地震調査研究推進本部「火山フロント」
- 気象庁「火山噴火の仕組み」
- 産業技術総合研究所 深部流体研究グループ
- 産総研 地質調査総合センター
※マップに掲載したスポットは各泉質の代表例で、掲載地以外にも同泉質の温泉は多数あります。火山フロント・中央構造線のラインは概略位置です。泉質の成因に関する説明は、上記一次資料にもとづく教育目的の概説です。
泉質診断
あなたにぴったりの
温泉、教えます
※このクイズは、一般的に言われている泉質ごとの特徴をもとにした簡易診断で、医学的な効果・効能を保証するものではありません。持病がある方や体調に不安がある方は、入浴前にかかりつけの医師にご相談ください。








