温泉施設のカスタマーハラスメント|現場で何が起きているのか

悩みトラブル

「お客様は神様だろ!」

この言葉を、フロントで怒鳴られたことがあります。

理由は、混雑時にロッカーが空いていなかったこと。数分お待ちいただくようお願いしただけで、「客を待たせるとは何事だ」「責任者を出せ」「口コミに書くぞ」と、延々と詰め寄られました。

温浴施設で働いていると、こうしたカスタマーハラスメント(カスハラ)は決して珍しくありません。暴言、理不尽な要求、長時間の拘束、SNSでの晒し上げの脅し——こうした行為がスタッフの心と体を蝕んでいます。

この記事では、温浴施設で実際に起きているカスハラの実態、正当なクレームとの違い、施設としての対応体制、そして2023年に施行された改正旅館業法がもたらした変化について、現場スタッフの視点からお伝えします。

カスタマーハラスメントとは

カスタマーハラスメント(カスハラ)とは、顧客からの要求や言動のうち、その内容の妥当性に照らして、要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものを指します。

これは厚生労働省が「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」で示した定義です。

ポイントは「要求内容が妥当かどうか」と「手段・態様が社会通念上相当かどうか」の2つの軸で判断するということ。たとえば「お湯がぬるいから温度を上げてほしい」は正当なクレームですが、「お湯がぬるいからタダにしろ、さもなければSNSで潰す」はカスハラです。

正当なクレームとカスハラの違い

この線引きは現場でも悩むところです。

正当なクレーム

施設のサービスや設備に対する具体的な不満や要望を、合理的な範囲で伝える行為です。「脱衣所の清掃が行き届いていない」「シャワーの温度が不安定」「スタッフの案内が不十分だった」——こうしたご意見は、施設の改善につながる貴重なフィードバックです。

現場スタッフとしても、正当なクレームには真摯に向き合います。お客様の声が、施設をより良くする原動力になっているのは事実です。

カスハラ

要求内容が妥当性を欠いているか、要求の仕方が社会通念上不相当な場合です。

たとえば、「入浴料を払ったのだから何をしてもいい」「気に入らないから土下座しろ」「お前の名前を覚えたぞ、ネットに書いてやる」「女性スタッフを指名して対応させろ」——こうした行為はカスハラです。

要求が妥当でも、怒鳴る、脅す、長時間拘束する、人格を否定するといった手段を取った時点で、カスハラに該当します。

温浴施設で実際に起きているカスハラ

温浴施設には、業態ならではのカスハラパターンがあります。

「裸の空間」が生む独特の問題

温浴施設の特殊性は、お客様が裸で過ごす空間であることです。裸であることで気が大きくなる方もいれば、裸であるがゆえにプライバシーに敏感になりすぎる方もいます。

「あの客が自分を見ていた」というクレームから始まり、スタッフが事情を確認しようとすると「お前は何もしない」「役立たず」と矛先がスタッフに向かう——こうしたケースは珍しくありません。

よくあるカスハラの具体例

温浴施設の現場で実際にあったカスハラの例を紹介します。

暴言・威圧型として、「お前の態度が気に入らない」とフロントで怒鳴る。些細なことで「責任者を出せ」を繰り返す。「この程度のサービスで金を取るのか」とスタッフの人格を否定する。

長時間拘束型として、同じクレームを1時間以上繰り返し話し続ける。閉店間際に来て、対応が終わるまで帰さない。電話で30分以上同じ内容を繰り返す。

脅迫・威嚇型として、「口コミサイトに書くぞ」「SNSで拡散してやる」と脅す。「保健所に通報してやる」と些細なことで脅す。「弁護士を呼ぶぞ」「訴えるぞ」を口癖のように繰り返す。

不当要求型として、「待たされたから入浴料をタダにしろ」。「お湯がぬるかったから回数券で補償しろ」。「気に入らないから土下座しろ」。

セクハラ型として、女性スタッフに対してわいせつな言葉をかける。「若い女の子に対応させろ」と指名する。体に触れようとする。

リピート型として、毎回来るたびに同じクレームを繰り返し、同じ要求をする。前回の対応に不満があったと主張し、前回と同じ対応をしても納得しない。

常連客によるカスハラが厄介

温浴施設のカスハラで特に対応が難しいのが、常連客によるものです。

毎日のように通っている常連客は、施設の運営やスタッフの動きを熟知しています。「前はこうしてくれた」「あのスタッフはちゃんとやってくれた」と、過去の対応を引き合いに出して要求をエスカレートさせるパターンがあります。

また、常連客同士のグループが形成され、新しいスタッフに対して威圧的に振る舞うケースもあります。「ここは私たちの場所だ」という意識が、他の利用者への迷惑行為やスタッフへのハラスメントにつながることがあります。

常連客は施設にとって大切なお客様であるため、対応の判断が一般の利用者に比べて難しくなりがちです。しかし、カスハラはカスハラです。常連だからといって許されるわけではありません

カスハラがスタッフに与える影響

カスハラは、スタッフの心と体に深刻な影響を与えます。

精神的なダメージ

怒鳴られた日は、家に帰っても頭の中でその場面がリプレイされます。「自分の対応が悪かったのだろうか」と自分を責め、眠れない夜を過ごすスタッフもいます。

1回のカスハラが、その後の接客すべてに影響します。「また怒鳴られるかもしれない」という恐怖心から、お客様への声かけが萎縮し、サービスの質が低下するという悪循環に陥ることがあります。

離職の原因になる

温浴施設に限らず、サービス業の離職理由の上位に「顧客からのハラスメント」が入っています。

「お客様に怒鳴られるのが怖くて出勤するのが嫌になった」「あの人が来る日はシフトに入りたくない」——こうした声は、現場では珍しくありません。特にアルバイトやパートのスタッフは、カスハラを受けたことをきっかけに辞めてしまうケースが少なくありません。

人手不足が慢性化している温浴施設にとって、カスハラによる離職は経営上の大きなダメージです。

他のお客様への影響

カスハラは、スタッフだけでなく周囲のお客様にも悪影響を与えます。

フロントで怒鳴っている客がいれば、他のお客様は不快な思いをします。「この施設は雰囲気が悪い」という印象を持たれ、足が遠のく可能性もあります。カスハラを放置することは、大多数の良識あるお客様を失うことにもつながるのです。

改正旅館業法がもたらした変化

2023年12月に施行された改正旅館業法は、温浴施設のカスハラ対応に大きな変化をもたらしました。

改正のポイント

改正旅館業法では、宿泊施設(旅館・ホテル)がカスハラを行う宿泊者の宿泊を拒否できることが明記されました。

従来の旅館業法では、正当な理由なく宿泊を拒否することはできませんでしたが、改正により「カスタマーハラスメントに該当する行為を行った者」に対しては、宿泊拒否が認められるようになりました。

温浴施設への波及

改正旅館業法は直接的には宿泊施設が対象ですが、この法改正をきっかけに、日帰り温浴施設でもカスハラ対応方針を明文化する動きが広がっています。

「カスタマーハラスメントに対する基本方針」をウェブサイトに掲載し、暴言・暴力・脅迫・不当要求などを行った場合にはサービスの提供を中止し、出入り禁止措置を取る可能性がある旨を明示する施設が増えています。

現場の実感

この法改正と社会的な認知の広がりは、現場のスタッフにとって大きな後ろ盾になっています。

以前は「お客様だから我慢しなければ」という空気がありましたが、今は「カスハラにはカスハラと認定して毅然と対応する」という方針を施設として打ち出せるようになりました。スタッフが安心して働ける環境を作ることは、結果的にサービスの質を上げ、すべてのお客様にとってプラスになります。

施設としてのカスハラ対応体制

カスハラへの対応は、個々のスタッフの努力だけでは限界があります。施設として組織的な対応体制を構築することが不可欠です。

対応方針の明文化

まず、カスハラの定義と具体例、対応方針を文書化し、全スタッフに共有します。「どこからがカスハラなのか」「カスハラと判断したら何をするのか」を明確にしておくことで、現場が迷わず判断できるようになります。

対応フローの整備

カスハラが発生した場合の対応フローを事前に定めておきます

初期対応として、まず落ち着いてお客様の話を聞きます。要求内容と手段を冷静に見極め、正当なクレームなのかカスハラなのかを判断します。

カスハラと判断した場合は、対応者を交代し、責任者(副店長・店長)が対応を引き継ぎます。一人のスタッフに対応を任せきりにしないことが重要です。

それでも収まらない場合、暴言・暴力がエスカレートする場合は、警察への通報を含む対応に移行します。

記録の重要性

カスハラの発生日時、場所、相手の特徴、発言内容、対応したスタッフ、取った措置——これらを記録として残しておくことが非常に重要です。

記録は、出入り禁止措置の判断材料になるだけでなく、万が一法的措置が必要になった場合の証拠にもなります。可能であれば、防犯カメラの映像を保存したり、通話を録音したりすることも有効です。

スタッフのケア

カスハラを受けたスタッフに対するケアも、施設として取り組むべき課題です。

「あなたの対応は間違っていなかった」と明確に伝える。業務から一時的に離れさせて休憩を取らせる。必要に応じて専門的なカウンセリングにつなげる。こうした対応が、スタッフの心を守り、離職を防ぎます。

出入り禁止とカスハラの関係

カスハラへの対応の最終手段が、出入り禁止(出禁)です。

出禁は「最後の手段」だが「必要な手段」

出禁記事でも解説しているとおり、出入り禁止措置は施設管理権に基づく正当な権利です。

カスハラを繰り返す利用者に対しては、口頭注意→厳重注意→出入り禁止という段階的な対応を行います。ただし、暴力や重大な脅迫など、即座に安全が脅かされるケースでは、段階を踏まず即刻出入り禁止とします。

「出禁にしたら口コミで叩かれる」という恐怖

施設側がカスハラ対応に踏み切れない理由の一つに、「出禁にしたら口コミサイトで悪評を書かれるのでは」という恐怖があります。

実際、出禁にしたお客様が口コミサイトに「最低の施設」「スタッフの態度が最悪」と書き込むケースはあります。しかし、大多数の利用者は口コミの文脈を読む力を持っています。理不尽な口コミに対しては、施設として冷静に事実関係を返信することで、かえって施設の誠実さが伝わることもあります。

カスハラ客1人の口コミを恐れて、大多数のお客様の快適な環境と、スタッフの安全を犠牲にするのは本末転倒です。

お客様にお願いしたいこと

最後に、温泉を利用するお客様にお伝えしたいことがあります。

クレームは歓迎しています

施設のサービスに対する率直なご意見やご要望は、大歓迎です。「ここが改善されたらもっと良くなるのに」というお声は、施設をより良くするための貴重な情報です。

クレームを伝えること自体は、まったく問題ありません。大切なのは伝え方です。

スタッフも人間です

フロントに立っているスタッフ、浴室を清掃しているスタッフ、サウナマットを交換しているスタッフ——みんなお客様に気持ちよく過ごしてもらいたいと思って働いています。

ミスをすることもあります。対応が至らないこともあります。そんなとき、怒鳴るのではなく、「こうしてほしい」と伝えていただければ、誠心誠意対応します。

迷惑行為を見かけたらスタッフへ

他のお客様によるカスハラや迷惑行為を目撃した場合は、スタッフにお知らせください。ご自身で直接注意するのはトラブルに巻き込まれるリスクがあるため、スタッフに任せてください。

まとめ

カスタマーハラスメントは、温浴施設の現場で日常的に起きている問題です。

正当なクレームとカスハラの違いは、要求内容の妥当性と、手段・態様の社会的相当性で判断します。暴言、脅迫、長時間拘束、不当要求、セクハラ——これらはすべてカスハラです。

温浴施設特有のカスハラとして、「裸の空間」であることに起因するトラブルや、常連客によるエスカレートしたハラスメントがあります。カスハラはスタッフの精神的ダメージ、離職、他のお客様への悪影響と、広範な被害を生みます。

2023年の改正旅館業法により、カスハラに対して毅然と対応する法的な後ろ盾が整いました。施設としても、対応方針の明文化、対応フローの整備、記録の保存、スタッフのケアという組織的な対応体制を構築する動きが広がっています。

カスハラへの最終手段は出入り禁止です。口コミを恐れてカスハラを放置することは、大多数のお客様とスタッフの安全を犠牲にすることにつながります。

温泉は、誰もがリラックスできる場所です。お客様もスタッフも、お互いに敬意を持って接することで、気持ちのいい空間が守られます。クレームは歓迎します。でもハラスメントには、毅然と対応します。

【参考文献】

・厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」(令和4年2月) https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000915233.pdf ※「顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なもの」という定義はこのマニュアルに基づく

・厚生労働省「旅館業法の一部を改正する法律の概要」(令和5年12月施行) https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/seikatsu-eisei/ryokangyohou.html ※カスハラを行う宿泊者への宿泊拒否が可能になった改正内容

・民法第206条(所有権の内容)

・建物所有者・管理者の施設管理権(判例法理) ※施設管理者が利用規約に基づき特定の利用者の入館を拒否する権利は、判例でも認められている

・厚生労働省「令和5年度 職場のハラスメントに関する実態調査」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000165756.html ※サービス業における顧客からのハラスメントが離職理由の上位に入っている点

・UAゼンセン「悪質クレーム対策(迷惑行為)アンケート調査結果」(2024年) https://uazensen.jp/ ※サービス業従事者の約半数が過去2年以内に迷惑行為を経験しているというデータ

・公衆浴場法(昭和23年法律第139号)
※公衆浴場における営業者の管理責任と利用者の遵守事項

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