「露天風呂に虫が浮いてるんですけど……」
温泉施設のフロントで、特に夏場に多くいただくご意見です。
気持ちはよくわかります。せっかくの露天風呂なのに、お湯の表面に虫が浮いていたり、落ち葉が漂っていたり、湯船の縁を虫が歩いていたりすると、リラックスどころではなくなりますよね。
ただ、現場スタッフとして正直にお伝えすると、露天風呂から虫や落ち葉を完全にゼロにすることは不可能です。屋外にある以上、自然の中に存在するものが入り込んでくるのは避けられません。
とはいえ、「仕方ない」で終わらせるつもりはありません。施設側の対策と、利用者としてできる対処法をお伝えします。
なぜ露天風呂に虫が来るのか
光に集まる
夜間の露天風呂は、照明に虫が集まりやすい環境です。蛾、ユスリカ、カゲロウ、甲虫類など、光に誘引される虫(走光性を持つ虫)は数多くいます。
露天風呂の照明は、暗い屋外の中でぽつんと光っている状態なので、周囲の虫にとっては強力な誘引源になります。
温かい水蒸気に集まる
温泉の湯面から立ち上る蒸気は、温かく湿度が高いため、虫にとって居心地の良い環境です。特に冬場は、周囲が寒い中で露天風呂の周辺だけ温かいため、虫が暖を求めて集まってくることがあります。
水面に落ちてしまう
飛んでいる虫が湯面の蒸気に巻き込まれたり、光に向かって飛んできた虫が勢い余って水面に落ちたりします。一度水面に落ちると、温泉の温度で動けなくなり、そのまま浮遊物になります。
植栽や周囲の自然環境
露天風呂の魅力である周囲の緑——庭木、生垣、苔、シダ、花壇——これらは同時に虫の生息地でもあります。植栽が豊かな露天風呂ほど、虫が多くなるのは自然の摂理です。
また、山間の温泉地であれば、カメムシ、クモ、ゲジゲジ、ムカデなど、都市部ではあまり見かけない虫に出会うこともあります。
季節ごとに変わる虫の傾向
春
気温が上がり始め、虫が活動を再開する時期です。小さな羽虫やユスリカが増え始めます。桜の花びらが舞い込む季節でもあり、花びらは風情がありますが、排水溝に詰まる厄介者でもあります。
夏
虫のピークシーズンです。蛾、カゲロウ、コガネムシ、カナブン、蚊、ハチ、セミ——あらゆる虫が露天風呂にやってきます。特に蛾は照明に大量に集まることがあり、お客様からの苦情が最も多い時期です。
蚊については、入浴中は体が湯に浸かっているため刺されにくいですが、湯船から出た瞬間や、半身浴で上半身が出ている状態では刺されます。
秋
落ち葉の季節です。紅葉の葉が湯面に浮かぶのは美しい光景ですが、大量に落ちると回収が追いつかなくなります。カメムシが増える時期でもあり、特に山間の温泉ではカメムシが大量発生することがあります。カメムシは触ると強烈な臭いを放つため、お客様の不快感は非常に大きいです。
冬
虫は大幅に減りますが、ゼロにはなりません。温泉の温かさに誘われて、クモやゲジゲジなどが露天エリアに入り込んでくることがあります。落ち葉は常緑樹からも落ちるため、冬でも回収作業は続きます。
落ち葉・ゴミについて
落ち葉
露天風呂に落ち葉が入るのは、紅葉の季節だけではありません。風が強い日はいつでも周囲の木々から葉が飛んできます。松葉、杉の葉、常緑樹の古い葉——季節を問わず、露天風呂と落ち葉は切り離せない関係です。
少量の落ち葉は風情として楽しんでいただけることもありますが、大量に溜まると見た目が悪くなるだけでなく、排水溝を詰まらせたりします。ろ過装置に行く前にほとんどの大きなゴミはヘアキャッチャーに溜まります。細かいものはろ過装置にいくので、フィルターに負担をかけたりします。
その他のゴミ
自然由来のもの以外にも、風で飛んでくるゴミ(ビニール袋、紙くずなど)や、利用者が持ち込んだ飲料の容器、絆創膏、ヘアゴムなどが露天風呂に残っていることがあります。
こうした人工的なゴミは、自然由来のものよりもお客様の不快感が大きいため、巡回時に優先的に回収しています。
施設側はどう対応しているのか
スタッフの巡回回収
巡回清掃の際に、露天風呂の湯面に浮いている落ち葉や虫を網で回収しています。混雑する時間帯や虫が多い夏の夜間は巡回頻度を上げて対応します。
ただし、スタッフが回収した直後にまた虫が飛んでくる、ということは日常的に起きます。「さっき掃除したのにもう虫がいる」と言われることもありますが、屋外である以上、常にきれいな状態を維持し続けるのは物理的に不可能です。
照明の工夫
虫が集まりにくい照明に切り替えている施設があります。
虫は紫外線を含む光に強く誘引される性質があるため、紫外線をほとんど出さないLED照明(特に電球色・オレンジ系)に変更することで、虫の飛来を大幅に減らすことができます。
また、照明の位置を浴槽から離す、間接照明にして光源を直接見えないようにする、といった工夫も効果的です。
殺虫灯・捕虫器の設置
露天風呂の周辺に殺虫灯(電撃殺虫器)や粘着式の捕虫器を設置している施設もあります。虫を浴槽に来る前の段階で捕獲する方法です。
ただし、殺虫灯のバチバチという音や光が気になるという意見もあるため、設置場所はお客様の視界に入りにくい場所を選んでいます。

植栽の管理
露天風呂周辺の植栽を定期的に剪定し、虫の発生源を減らす努力をしています。落葉樹は秋に大量の葉を落とすため、剪定のタイミングが重要です。
ただし、植栽を減らしすぎると露天風呂の雰囲気が損なわれるため、「自然の豊かさ」と「虫・落ち葉の少なさ」はトレードオフの関係にあります。

防虫ネット・暖簾の設置
露天風呂の出入口に暖簾や防虫カーテンを設置し、虫の侵入をある程度防いでいる施設もあります。完全に防ぐことはできませんが、大型の蛾などが直接浴槽エリアに飛び込んでくるのを軽減する効果があります。
排水溝やオーバーフローのこまめな清掃
落ち葉や虫の死骸は排水溝やオーバーフローに溜まりやすく、放置すると排水が詰まる原因になります。露天風呂の排水溝は、内湯以上にこまめな清掃が必要です。
虫が苦手な方への対処法
「虫がいたらどうすればいい?」という方へ、すぐに使える対処法をお伝えします。
スタッフに声をかける
最もシンプルで確実な方法です。「露天風呂に虫がいるのですが」とスタッフに伝えていただければ、回収に向かいます。遠慮する必要はまったくありません。むしろ教えていただけると助かります。
桶で自分ですくう
小さな虫や落ち葉であれば、洗い場にある桶ですくって排水溝に流すこともできます。虫に触りたくない場合は、お湯と一緒にすくえば直接触れずに済みます。
入浴する時間帯を選ぶ
虫が最も多いのは、夏場の日没後〜夜間です。照明に虫が集まるため、この時間帯は虫が多くなります。
虫が苦手な方は、日中の明るい時間帯に露天風呂を利用するのがおすすめです。日中は夜間ほど虫が照明に集まることがないため、虫の数はかなり減ります。
冬場は虫が少ないので、季節で選ぶのも一つの方法です。
内湯を利用する
どうしても虫が苦手な場合は、無理に露天風呂に入らず内湯を利用するのが最も確実な解決策です。内湯であれば、虫や落ち葉の心配はほぼありません。
「露天風呂に入らないのはもったいない」と思うかもしれませんが、虫が気になってリラックスできないのであれば、内湯でゆっくり過ごす方がよほど充実した入浴体験になります。
虫除けスプレーは使える?
入浴前に虫除けスプレーを体に塗るのは避けてください。虫除けスプレーの成分(ディートやイカリジンなど)が浴槽水に溶け出し、ろ過装置や水質に影響を与える可能性があります。
露天風呂の周囲に施設が設置している蚊取り線香や防虫剤がある場合は、それに頼るのがベストです。
危険な虫への注意
ほとんどの虫は不快なだけで害はありませんが、中には注意が必要な虫もいます。
ハチ
スズメバチやアシナガバチが露天風呂エリアに飛来することがあります。特に秋口はスズメバチの活動が活発になる時期です。
ハチを見かけたら、手で振り払ったり、大きな動きをしたりしないでください。刺激すると攻撃してくる可能性があります。静かにその場を離れ、スタッフに報告してください。
施設側では、ハチの巣が近くにないか定期的に確認し、発見した場合は専門業者に駆除を依頼しています。
ムカデ
山間の温泉では、ムカデが露天風呂エリアに入り込むことがあります。ムカデに噛まれると強い痛みと腫れが生じます。
ムカデを見つけたら、触らずにスタッフに報告してください。スタッフがトングなどで捕獲・除去します。
万が一噛まれた場合は、すぐにスタッフに申告してください。患部を流水で冷やし、必要に応じて医療機関への受診を案内します。
マダニ
山間の温泉施設周辺にはマダニが生息していることがあります。露天風呂の岩場や植栽の近くで、裸の肌にマダニが付着するリスクはゼロではありません。
入浴後に体にダニのような小さな虫が付いていた場合は、無理に引き抜かずに医療機関を受診してください。マダニは頭部が皮膚に食い込むため、無理に取ると口器が残って化膿する可能性があります。
「虫がいる=不衛生」ではない
虫や落ち葉を見ると「この施設は管理が行き届いていない」と感じる方もいるかもしれません。しかし、露天風呂に虫がいることと、施設の衛生管理の質は別の問題です。
施設の衛生管理で本当に重要なのは、塩素消毒が適切に行われていること、ORPが基準値を満たしていること、レジオネラ菌の定期検査で問題がないこと、ろ過装置が正常に稼働していること、定期的な換水と清掃が行われていることです。
むしろ、虫が多いということは、それだけ周囲の自然環境が豊かだということでもあります。農薬や殺虫剤を大量に撒けば虫は減りますが、それは自然と調和した露天風呂の魅力を損なうことになります。
虫が少し浮いていても、お湯の質が良く、清掃が行き届き、スタッフが丁寧に対応してくれる施設は、良い施設です。
まとめ
露天風呂に虫や落ち葉が入るのは、屋外にある以上避けられない自然現象です。虫は光、温かい蒸気、周囲の植栽に誘引されて露天風呂エリアに集まります。季節によって傾向が異なり、夏の夜間がピークです。
施設側は、スタッフの巡回回収、LED照明への切り替え、殺虫灯・捕虫器の設置、植栽の管理、防虫ネットの設置などで対策しています。しかし、完全にゼロにすることはできません。
虫が苦手な方は、スタッフに除去を依頼する、日中の時間帯に入浴する、冬場を選ぶ、内湯を利用するといった方法で対処できます。ハチ、ムカデ、マダニなど危険な虫を見かけた場合は、触らずにスタッフに報告してください。
露天風呂の魅力は、自然の中でお湯に浸かることです。その自然には、風も、葉も、虫も含まれています。少しの虫は「自然が近い証拠」と受け止めて、開放感あふれる露天風呂を楽しんでいただけたら嬉しいです。
【参考文献】
虫の走光性(光に集まる性質):
- 国立環境研究所「光害と生態系への影響」 https://www.nies.go.jp/ ※昆虫の走光性(紫外線を含む光に誘引される性質)のメカニズム、LED照明への切り替えによる虫の飛来抑制効果
LED照明と防虫効果:
- 一般社団法人 日本照明工業会「LED照明の特性と活用」 https://www.jlma.or.jp/ ※LED照明(特に電球色)は紫外線の放出が極めて少なく、虫の誘引が白熱灯・蛍光灯に比べて大幅に減少するというデータ
危険な虫への対応:
- 厚生労働省 e-ヘルスネット「ハチ刺傷」 https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/ ※スズメバチ・アシナガバチに刺された場合の症状と応急処置、アナフィラキシーショックのリスク
- 国立感染症研究所「マダニ対策、今できること」 https://www.niid.go.jp/niid/ja/sfts/2287-ent/3964-madanitaisaku.html ※マダニの生息環境、咬着時の対応(無理に引き抜かない)、マダニ媒介感染症(SFTS、日本紅斑熱など)のリスク
- 日本皮膚科学会「ムカデ咬傷」 https://www.dermatol.or.jp/ ※ムカデに噛まれた場合の症状、応急処置(流水で冷やす)、医療機関受診の目安
虫除け成分と水質への影響:
- 環境省「化学物質の環境リスク評価」 ※ディート(DEET)やイカリジンなどの虫除け成分が水環境に与える影響に関する評価資料
浴槽水の衛生管理:
- 厚生労働省「循環式浴槽におけるレジオネラ症防止対策マニュアル」 https://www.mhlw.go.jp/content/11130500/000712875.pdf ※露天風呂を含む循環式浴槽のろ過・消毒基準、異物混入時の対応
施設管理・植栽管理:
- 一般社団法人 日本公園緑地協会「公園・緑地の維持管理」 https://www.posa.or.jp/ ※植栽の剪定時期、害虫の発生源管理の基本的な考え方






